ゆらぐ蜉蝣文字


第8章 風景とオルゴール
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8.3.4


. 春と修羅・初版本

01がさがさした稻もやさしい油緑に熟し
02西ならあんな暗い立派な霧でいつぱい
03草穂はいちめん風で波立つてゐるのに

それでは、「宗教風の恋」の検討に入ります。

イネは、成長しているときには、筋の硬い葉をまっすぐに上に突き立てた「青い槍の葉」ですが、実ってくると、穂は下に垂れて、田んぼ全体は、曲線的な柔かい印象を帯びてきます。





「油緑」は、国語辞典などには出ていませんが、たしかにそういう語はあるのです。

まず、漢和辞典を見ますと、「油」という字の意味は2つあって、1つは「あぶら」、もうひとつの意味は:

【油】 〔…〕[二] つやがあるさま。(同)釉

そして、「油油」の意味として、「草や禾黍(きび)などの勢いよく美しいさま。」とあります。(以上、『新字源』)

ネットで探しますと、中国では、「油緑」という語を、ヒスイの色を表すのに使うようです:⇒天然翡翠ペンダント油緑 ミャンマー産油緑翡翠バングル

見たところ、灰緑色、あるいは深緑色のようです↑。説明としては(中国の伝統色:油緑):

「観賞用竹の色。この竹は庭園や林野の美化に効果的に使われる。竹の幹はねっとりとした味わいの緑色。年配者の服装の色。」

一方、緑豆(りょくとう)☆の種類として、「粒が大きくて色の鮮やかなものを“官緑”といい、粒が小さくて色が深いものを“油緑”という。」(⇒『食物本草』1643年版:緑豆

☆(注) 日本での用途は、もやしのタネですが、中国産の春雨や中国菓子の餡、韓国産の冷麺のつなぎとして使われます。

この場合も、色としては、やはり深緑色(ふかみどり)です。

以上から、「油緑」とは、「不貪慾戒」で言っていた“ターナーの緑色”とほぼ同じで、灰色に近い緑、または黒に近い深緑──ということになります。

「やさしい油緑に熟し」──「やさしい」は、真夏のイネの原色の緑、あるいは、ういういしい新緑の緑に対して、より落ち着いた穏やかな色彩、という意味でしょう。
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