ゆらぐ蜉蝣文字


第8章 風景とオルゴール
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8.2.26


この散文で問題になるのは、末尾の箇所↓かもしれません:

. 〔峯や谷は〕

ほゝの花は白く山羊の乳のやうにしめやかにその蕋[ずい]は黄金色に輝きます。

この花をよろこぶ人は折って持って行っても何にもなりません。この花をよく咲かせやうと根へ智利硝石や過燐酸をやっても何にもなりません。

   われは誓ひてむかしの魔王波旬の眷属とならず、

   又その子商主の召使たる辞令を受けず。

「ほゝの花」は、ホオノキの花です:画像ファイル:ホオノキ

ホオノキの花は、高い梢に咲くので、地上からは見えにくいのですが、上から覗くと、雄しべ雌しべがぬるぬるした感じで、それなのに気持ち悪い感じはなくて、とても性感覚を刺激されます。それが、「山羊の乳のやうにしめやか」「蕋☆は黄金色に輝」くという意味です。

☆(注) ずい。雄しべと雌しべのこと。

賢治は、この〔峯や谷は〕の改稿形『マグノリアの木』で、羅(うすもの)と瓔珞をつけた半裸の子供たちに:

「サンタ、マグノリア、
 枝にいっぱいひかるはなんぞ。」

「天に飛びたつ銀の鳩。」

と歌わせていますが、ホオノキ(属名:マグノリア)の花は、聖より先に性を感じさせます。





そして、この花は、持ち帰ると萎れてしまうし、肥料をやっても効果がない、つまり、人為には全く従わないと言うのです。

そのような、人を寄せつけない自然樹の気高さを述べたあと、最後の2行は、賢治の決意を述べているようです。

「波旬(はじゅん)」は、《慾界・第六天》の魔王で、仏道修行を妨げる悪魔:画像ファイル:波旬。「眷属(けんぞく)」は、一族郎党。「商主」は、商人。けっきょく、この2行は、“自分は、親の命ずる実業家の道、家業の承継を拒否して、仏教の方面に、進むべき道を見出す”と言っていることになります。
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