ゆらぐ蜉蝣文字


第8章 風景とオルゴール
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8.14.10


ともかく、こうしてどうやら『第2集』の方針は固まったようです。『第1集』で、《心象》のスケッチとして練り上げた対象の見方、表現のしかたを、“足もとの自然と社会”に適用する。そうした“開かれた世界”に、単なる《見者(ヴォワイヤン)》ではない生きる者として歩み入ることが、これからの作者の課題であり抱負なのです。

「賢治が、社会改良家として当時の社会の中で大きな実を上げたとは思えないということがある。発想は豊かであり、地方共同体の運営のあり方として現在から見ると参考になることがあるように思われるが、それを根付かせるための組織化については、賢治は器用ではなかったといえる。したがって、賢治の実践において取り上げなければならないのは、『心象スケッチ』の実践である。そこには、地方の社会の現実を客体としてウォッチングするのではなく、何らかの取り組みをするべく関わりを持つなかで見えてきた自己、および他者、地方の現実、および両者の関係が描かれているはずである。そこに見えてきた日本の現実の一端を見たいと思う。たとえば、そこでは〔…〕声なき弱者に声を与え、社会の構造を明らかにしていくという姿勢がある。〔…〕実践から得た現実把握を通して、思想のあらたな構築がなされていくはずである。」

(秋枝美保『宮沢賢治の文学と思想』,pp.412-413)



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