ゆらぐ蜉蝣文字


第8章 風景とオルゴール
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  【88】 冬と銀河ステーシヨン



8.14.1


「冬と銀河ステーシヨン」は、1923年12月10日(月曜日)付ですが、この詩集の巻末を飾るだけあって、この作品には、瞠目すべき数々の手法が、決して目立たないように布置されています:

. 春と修羅・初版本

01そらにはちりのやうに小鳥がとび
02かげらふや青いギリシヤ文字は
03せはしく野はらの雪に燃えます
04パッセン大街道のひのきからは
05凍つたしづくが燦々と降り
06銀河ステーシヨンの遠方シグナルも
07けさはまつ赤に澱んでゐます
08川はどんどん氷(ザエ)を流してゐるのに

例によって、冒頭で立体的な“作品空間”を提示していますが、これまでと違う点は、最初の行から“動きのある物”が登場していることです。「ちりのやうに」飛ぶ「小鳥」→「野はらの雪」からゆらいで昇る陽炎・「青いギリシヤ文字」→街道並木の「ひのき」から降り落ちる「凍つたしづく」→川に流れる流氷(ザエ)‥‥と、つぎつぎに息つくひまもなく現れては消えます。

これは、作者が列車に乗って走っているからなのですが☆、そのことは、標題の「銀河ステーシヨン」で読者に暗示されているとはいえ、17行目以下の:

. 春と修羅・初版本

17あヽ Josef Pasternack の 指揮する
18この冬の銀河輕便鐵道は
19幾重のあえかな氷をくぐり
    〔…〕
23つめたく青らむ天椀の下
24うららかな雪の臺地を急ぐもの
25(窓のガラスの氷の羊齒は
26 だんだん白い湯氣にかはる)

まで進んでから、ようやく明らかになるのです。

☆(注) あるいは、「銀河ステーシヨン」という標題を重視して、1-8行目では作者の列車は、「銀河ステーシヨン」のプラットホームに停止している‥と読む向きもあるかもしれません。しかし、「遠方シグナル」の意味を知っていれば、そのように読むことはできません!⇒8.14.5

“汽車に乗っている”ということをあえて最初に断らずに、汽車の走行を前提とする動画的描写を次々に提示して行く手法は、読者をして、躍動的な作品世界にぐんぐん引き入れてゆく効果があります。

明示の表現としては、↑上の24行目で初めて、列車が動いていることが述べられ、25-26行目で、作者は列車に乗車して、「窓」の内側から、1行目以来の風景を見ていたのだ、ということが判明するのです。
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