ゆらぐ蜉蝣文字
□第8章 風景とオルゴール
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8.10.6
「小岩井農場」では、この雪の日の訪問について、↓つぎのようにも書いていました:
. 春と修羅・初版本
40この冬だつて耕耘部まで用事で來て
41こヽいらの匂のいヽふぶきのなかで
42なにとはなしに聖いこころもちがして
43凍えさうになりながらいつまでもいつまでも
44いつたり來たりしてゐました (パート9)
ふざけて転んで笑っている子どもたちからは離れて、ひとり地吹雪の中をさまよいながら“聖なるもの”を索めることが、当時の作者にとっては最大の関心事だったのです。
しかし、今は、降って来る雪に対する見方そのものが違います。雪が降るのは、「鳥ががあがあとんでゐる」のといっしょになのです:
. 自由画検定委員
28鳥ががあがあとんでゐるとき
29またまっしろに雪がふってゐるとき
30みんなはおもての氷の上にでて
31遊戯をするのはだいすきです
32鳥ががあがあとんでゐるとき
33またまっしろに雪がふってゐるとき
これを、じっさいの1922年1月の“雪の小岩井農場訪問”の日のスケッチ↓と比較すれば、さらに違いがはっきりするでしょう:
. 春と修羅・初版本
06ほんたうにそんな酵母のふうの
07朧おぼろなふぶきですけれども
08ほのかなのぞみを送るのは
09くらかけ山の雪ばかり
10(ひとつの古風な信仰です) (くらかけの雪)
作者は、厳冬の山の斜面に降る雪に寄せた「古風な信仰」を棄てたわけではありません。しかし、その信仰の方法、表現の方法が、「二十二箇月」前とは大きく異なっているのです。
. 自由画検定委員
34青ざめたそらの夕がたは
35みんなはいちれつ青ざめたうさぎうまにのり
36きらきら金のばらのひかるのはらを
37犬といっしょによこぎって行く
38青ざめたそらの夕がたは
39みんなはいちれつ青ざめたうさぎうまにのり
「うさぎうま」は、ロバかもしれませんし、文字どおりウサギのような馬かもしれません。いずれにしても、「青ざめた」夕方の空──残照にてらされた明るい水色でしょうか──と同じ色をしているのです。
「金の薔薇」が、夕陽を受けて光っています。
「みんな」は、子どもたちでしょう。犬もいっしょに走ります。ぜんたいに、この詩は騒がしく楽しい雰囲気で、賢治の詩の中では特異です。
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