ゆらぐ蜉蝣文字


第8章 風景とオルゴール
172ページ/219ページ


8.10.6


「小岩井農場」では、この雪の日の訪問について、↓つぎのようにも書いていました:

. 春と修羅・初版本

40この冬だつて耕耘部まで用事で來て
41こヽいらの匂のいヽふぶきのなかで
42なにとはなしに聖いこころもちがして
43凍えさうになりながらいつまでもいつまでも
44いつたり來たりしてゐました 
(パート9)

ふざけて転んで笑っている子どもたちからは離れて、ひとり地吹雪の中をさまよいながら“聖なるもの”を索めることが、当時の作者にとっては最大の関心事だったのです。

しかし、今は、降って来る雪に対する見方そのものが違います。雪が降るのは、「鳥ががあがあとんでゐる」のといっしょになのです:

. 自由画検定委員

28鳥ががあがあとんでゐるとき
29またまっしろに雪がふってゐるとき
30みんなはおもての氷の上にでて
31遊戯をするのはだいすきです
32鳥ががあがあとんでゐるとき
33またまっしろに雪がふってゐるとき

 


これを、じっさいの1922年1月の“雪の小岩井農場訪問”の日のスケッチ↓と比較すれば、さらに違いがはっきりするでしょう:

. 春と修羅・初版本

06ほんたうにそんな酵母のふうの
07朧おぼろなふぶきですけれども
08ほのかなのぞみを送るのは
09くらかけ山の雪ばかり
10(ひとつの古風な信仰です) 
(くらかけの雪)

作者は、厳冬の山の斜面に降る雪に寄せた「古風な信仰」を棄てたわけではありません。しかし、その信仰の方法、表現の方法が、「二十二箇月」前とは大きく異なっているのです。

. 自由画検定委員

34青ざめたそらの夕がたは
35みんなはいちれつ青ざめたうさぎうまにのり
36きらきら金のばらのひかるのはらを
37犬といっしょによこぎって行く
38青ざめたそらの夕がたは
39みんなはいちれつ青ざめたうさぎうまにのり

「うさぎうま」は、ロバかもしれませんし、文字どおりウサギのような馬かもしれません。いずれにしても、「青ざめた」夕方の空──残照にてらされた明るい水色でしょうか──と同じ色をしているのです。

「金の薔薇」が、夕陽を受けて光っています。

「みんな」は、子どもたちでしょう。犬もいっしょに走ります。ぜんたいに、この詩は騒がしく楽しい雰囲気で、賢治の詩の中では特異です。
.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ