ゆらぐ蜉蝣文字


第8章 風景とオルゴール
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8.10.2


. 自由画検定委員

01どうだここはカムチャッカだな
02家の柱ものきもみんなピンクに染めてある
03渡り鳥はごみのやうにそらに舞ひあがるし
04電線はごく大たんにとほってゐる
05ひわいろの山をかけあるく子どもらよ
06緑青の松も丘にはせる

第1連で「ここはカムチャッカだな」と言っていますが、第6連まですべての絵がカムチャッカということではなさそうです。もちろん、全部カムチャッカの絵として読んでも悪くはないと思います。いずれにしろ、じっさいのカムチャツカ半島の風景とはまったく違いますw

「家の柱ものき[軒]もみんなピンクに染めてある」──子どもの自由な発想でピンクに塗っているのかもしれませんが、この詩のスケッチ全体として、児童の絵そのままを忠実に記録したというよりも、賢治の自由な空想を加えているように思います。
もっとも、出品された絵を見ることができない以上、それはなんとも言えないのですが。。。

おそらく、宮沢賢治が、児童自由画をスケッチの題材に選んだ動機は、とらわれない子どもの感覚と発想を吸収することにあったのではないかと思います。

草下英明氏は、宮沢賢治の星空の表現、たとえば:

「えつ。お空はこれから銀のきな粉でまぶされます。」
(かしはばやしの夜)

「天はまるでいちめん
 青じろい疱瘡にでもかかったやう」
(#155 1924.7.5.〔温く含んだ南の風が〕)

「ダイアモンドのトラストが
 かくして置いた宝石を
 みんないちどにあの鋼青の銀河の水に
 ぶちまけたとでもいったふう」
(#179 1924.8.17.〔北いっぱいの星ぞらに〕下書稿(六))

について、つぎのように述べているのです:

「余りに子供っぽく、表現以前の未成熟な感じを与え」
る。「しかし私は、この未成熟という要素の中に、近代人の定着し、萎縮しきった感覚以前の、原始人の感覚を読み取ることが出来るのだ。〔…〕或る言葉、或る表現、或る感動を最初に発見した私達の祖先、ホーマーや万葉以前の名も無い野辺の民や漁人も、〔ギトン注──望遠鏡を発明した〕ガリレイと同等の尊さを持つのである。そういう発見者の感覚を一括して私は原始感覚と呼ぶ。〔…〕何等既成の観念に惑わされることのない発見者の『なま』の感覚という意味である。〔…〕

 賢治には、実にそうした珍らしい原始の感覚が存するのである。」

賢治の中学時代の歌作に、
「西の空に輝やく宵の明星──金星を『黄金の一つ目』と見た不思議な感覚」のものがある。「私はどう考えてもこれは近代人の感覚とは受取り難い。〔…〕

 星を眼と見ることは誰にでも出来るかも知れない。しかし表現の贅肉を付けすぎた近代人には幼稚という劣敗感の障壁がそうした言葉の使用を躊躇せしめるのである。原始人や未開人はそのようなことにわずらわされることは少しもなく、また多くの表現方法、技巧に迷う必要もないから、その見たまま、感じたままの『なま』な表現を用いるのである。それは或る場合には幼く、或る場合には大胆な、そして美しくも素朴なものとなって現れる。

 〔…〕幼児の眼、原始人の眼は時として、所謂近代人の眼には謎とも不可解とも思える補足し難い表現を生むものらしい。賢治はその原始の感覚を少しも意識的にではなく、生れつき所有していた稀有の人物と思われる。」


☆(注) 草下英明『宮澤賢治と星』,学藝書林,pp.76-79.

たしかに、《原始感覚》を言葉によって表現しようとする場合には、草下氏の言うように、近代人の「表現の贅肉」や「幼稚という劣敗感の障壁」が邪魔をして、子供っぽい‘未成熟’な表現を躊躇させてしまうかもしれません。

その点、自由画ならば、子供の自由な感覚──「幼児の眼、原始人の眼」──がすなおに表現されることも期待できます。それを、「原始の感覚を‥生れつき所有していた稀有の人物」である賢治は、とらわれない言語表現に移すことを、試みたのではないかと思うのです。
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