ゆらぐ蜉蝣文字


第8章 風景とオルゴール
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  【83】 過去情炎



8.9.1


. 春と修羅・初版本

01截られた根から青じろい樹液がにじみ
02あたらしい腐植のにほひを嚊ぎながら
03きらびやかな雨あがりの中にはたらけば
04わたくしは移住の清教徒(ピユリタン)です

「過去情炎」の日付は、1923年10月15日(月曜)です。

学校のある日ですから、場所はおそらく学校の校庭──樹木の植え替え作業をしているようです。「雨あがり」(3行目)は土が湿っているので、樹木の植え替えに好適です。

もちろん、昼間です。

作者の勤務する花巻農学校は、この1923年4月に県立に昇格(もとは郡立稗貫農学校)するのと同時に、花巻の西郊・湯口村南万丁目(現在:ぎんどろ公園)に移転しました:画像ファイル:花巻農学校跡

移転当初は、校庭の整地作業からすべて、教師と生徒でやらなければならなかったそうです。この時期にも、まだ、植樹や演習果樹園の整備などは続いていたのでしょう。

「わたくしは移住の清教徒(ピユリタン)です」は、学校をあげて移転・整備作業に忙殺されていた状況を踏まえての自己認識とすれば、あながち修辞でも誇張でもありません。

しかし、移転に限らず、作者が毎日している作業や仕事の具体的な状況のスケッチは、この作品が初めてだと思います。

それだけに、このスケッチは、(詩的内容はともかく)具体的状況の叙述のしかたが、あまり上手ではありません。
単なる一読者が、描かれている状況を把握するのは、非常に難しいのです。たくさんある指示語‥「ここ」「それ」「そっち」などが何を指しているのか、よく分かりませんし、作業場所や実際の作業のイメージが思い浮かべにくいです。

ここでは、恩田逸夫氏の解釈に従って(op.cit.,pp.223-224)、これらの具体的状況を理解しておきたいと思います。

そこで、本文に入る前に、まず、おおよその状況を説明しておきます:

作者は、アカシヤ(ニセアカシヤ、ハリエンジュ)の幼木を掘り取る作業をしています。

そのために、まず、根の周囲を丸く掘ってから、幼木を、根についた土ごと掘り出しました。

恩田氏は、作業の目的について注意を払っていませんが、この掘り取り作業は、移植のためではなく、「アカシヤ」を駆除するためです。丁寧に丸く掘ってから掘り取っているのは、「アカシヤ」を傷つけないためではなく、徹底的に根こそぎ除去するためなのです。

この点が、この詩を理解する上で最重要のポイントです。

作者は、梨畑に侵入した雑木を駆除して、果樹園を整備しているのだと思います(以上の点は、次の頁で詳しく説明します)。

作者が作業をしているすぐ傍には、梨の果樹があり、やや離れて、マユミの木があります。

梨は、果樹として剪定されて植栽されているものです。「雨あがり」なので、梨の枝には、まだ水滴が付いています。

マユミは、おそらく自然木でしょう。一本だけでなく数本あるかもしれません。ちょうどマユミは実をつける季節であり、赤いきれいな実が下がっています。

作者は、「えりおり」の服を着ていますが、これは、宮沢賢治の有名な“黒マント”です。どんなものなのかは、のちほど説明します。
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