ゆらぐ蜉蝣文字


第8章 風景とオルゴール
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8.8.8


加島篤氏によりますと、当時、高圧送電線には赤い碍子を使うきまりだったのです☆

☆(注) 加島 篤:「童話『月夜のでんしんばしら』の工学的考察」,in:『北九州工業高等専門学校研究報告』,第44号(2011年1月),pp.27-39. 1911(明治44)年に国の基準として制定された「電気工事規程」に、「高壓架空電線ヲ支持スル腕木又ハ碍子ハ、地上ヨリ甄別シ得ル程度ニ於イテ其ノ全部又ハ一部ヲ赤色ト爲スコトヲ要ス」と定められていた。

そして、国鉄の線路に沿って、白い碍子の電燈線と電話線の電柱列のほかに、赤い碍子の高圧送電線の電柱列が走っていたと言います。

「冬と銀河鉄道」は、岩手軽便鉄道ですが、やはり高圧送電線が線路の隣りを伴走していたのでしょう。

そういうわけで、「ギリヤークの電線」↓も、高圧送電線ですから、ふつうの電線と違って、高い場所に架設された送電線であることが分かります。

. 春と修羅・初版本

10鳥はまた一つまみ、空からばら撒かれ
    〔…〕
13遠いギリヤークの電線にあつまる
14   赤い碍子のうへにゐる
15   そのきのどくなすゞめども
16   口笛を吹きまた新らしい濃い空気を吸へば
17   たれでもみんなきのどくになる

「赤い碍子」で始まる3字下げの4行ですが、「ギリヤークの電線」の上に避難して、そこから遠巻きにしているスズメどもを見て、しきりに、

「きのどくなすゞめども」
「たれでもみんなきのどくになる」

と言っています。どうしてそんなに気の毒に思うのでしょうか?‥

ギトンは、この部分がどうしても分からなくて、‥正直に言いますと、いままでに幾つもの案を考えては捨ててきました。。。 「ギトンのお部屋」で書いた案とも、今は違います。。。

じゃ、これから言うことも、そのうちまた変えるのか?‥と言われそうですが‥(汗)

たしかに、この部分だけを切り離して考えたら、どんなことでも言えると思います。
しかし、作者のこのスケッチ全体のテーマ、『春と修羅』全体の構想の中で考えれば、おのずと、この部分の意味も決まってくるのではないでしょうか‥

そうは言っても、この「火薬と紙幣」を取り上げて論じた人は、意外に少ないのです。秋枝さんも菅原さんも天沢氏も、【第8章】のほかの作品は詳しく論じているのに、このスケッチは残念ながら取り上げていません。

恩田逸夫氏だけは(たんねんな実証家と言われるだけあって)「火薬と紙幣」を取り上げて論じているのですが‥:

「清澄沈潜の気配の流れる東北の『秋』である。

 第四連
〔3字下げの14-17行目のこと──ギトン注〕では、〔…〕『きのどく』という語が繰り返して強調されている。しみじみとした感じ、涙ぐましいような人恋しい、やさしさに満ちた気持ちが『きのどく』の内容であろう。ひとは誰でも、このような季節には、万物に対して、しみじみとした感じを抱くようになる、という意味だと思う。その感じは、いじらしくもあくせくと飛びまわる『すずめ』を見ることによって生じ、『すずめ』のような卑小な『多数者』と、直線的な筋肉のみで組み合わされたようにたくましくて、力の象徴とでもいうべき『ひとり』の『工夫』〔…〕心を労することなどないような、生活力にあふれているたくましい工夫と対比されてゆくのである。」

★(注) 恩田逸夫『宮沢賢治論・2 詩研究』,1981,東京書籍,pp.203-204.
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