ゆらぐ蜉蝣文字


第8章 風景とオルゴール
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8.7.5


2行目に「明るい雨の中の‥」と書いてありますが、じっさいに雨が降っていると思わなくてもよいでしょう。スケッチのあとのほうを読んで行くと、どうみても雨の風景ではありません。

. 春と修羅・初版本

05そらは霜の織物をつくり
06萓(かや)の穗の滿潮
07     (三角山(さんかくやま)はひかりにかすれ)

近づく冬が空に見える北国の秋です。

「萓(かや)」は、ススキ、チガヤなど、白い穂のある草原の草。しかし、「満潮」という表現から、白くなる前の赤い穂波でしょう。風に揺られて波立つようすが想像されます:画像ファイル:ススキ・チガヤ・スゲ 画像ファイル:ススキ・チガヤ

「三角山」は、岩手山を指しているとする見解が多いようで、ギトンも賛成です☆

☆(注) ほかの候補としては、《七ツ森》の三角森(みかどもり)、秋田駒ケ岳の前衛にある三角山(1418m)などがあります。しかし、三角森は、橋場線の線路からはほとんど見えません。三角山は、小岩井や雫石から見ると、三角ではなく平べったい山です。

「(三角山はひかりにかすれ)」

という字下げカッコ書きは、このスケッチの最初と最後に現れますが、岩手山なら、どちらの場所でもよく見えるからです。《七ツ森》付近から見る岩手山は、60゚90゚30゚の三角定規を伏せたような形で、大きな姿を横たえています:画像ファイル:三角山、岩手山

小岩井・雫石あたりでは、単に「お山」と言えば岩手山を指すそうです★。岩手山は、この地域では山の代名詞なのです。

★(注) 儀府,op.cit.,pp.12-13.

. 春と修羅・初版本

08あやしいそらのバリカンは
09白い雲からおりて來て
10早くも七つ森第一梯形の
11松と雜木(ざふぎ)を刈りおとし

さっそく「空のバリカン」が登場しました。

すでに予告しておいたように、この《心象》は、《木を伐る》モチーフにつらなるものであり、“生命の原型”として見られた《木》と草を、根こそぎ刈り取ってしまう行為であり、
《熱した》精神からの転換を模索する【第8章】において、「第四梯形」は、重要なターニングポイントの一つとなっています。

第8章
「の中で繰り返される『木をきる』という表現」「詩人の内的生命の伸長を断つということを示していると考えられる。〔…〕『木』のモチーフは、第一集の象徴体系の中で、詩人の内的生命のシンボルとしての意味を持つことは間違いない。」

◇(注) 秋枝美保『宮沢賢治 北方への志向』,p.124.

《アザリア》時代の連作短歌
「『ひのきのうた』によって、『木』は、賢治の心象中に生命の形そのものとして定着していくことになったと考えられる。」(秋枝,op.cit.,p.145)

「詩『原体剣舞連』では、『原体村の舞手たち』の体内には『鴾いろのはるの樹液』が流れ、彼らは『楢と[椈]とのうれひ』をあつめ、『ひのきの髪をうちゆす』って激しく踊り狂うのである。詩集の象徴体系の中にこの詩が組み込まれたとき、その生命の形は、『木』で表現されることになったと言ってよい。」
(op.cit.,p.165)
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