ゆらぐ蜉蝣文字


第8章 風景とオルゴール
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8.7.2


また、「屈折率」では:

「七つ森のこつちのひとつが
 水の中よりもつと明るく
 そしてたいへん巨きいのに」

「小岩井農場・パート1」では:

「今日は七つ森はいちめんの枯草
 松木がおかしな緑褐に
 丘のうしろとふもとに生えて
 大へん陰鬱にふるびて見える」

と書いています。
現地に行ってみると、たしかに、これらのスケッチをした場所(小岩井駅の北側、大清水付近)から、《七ツ森》の一部(三手森)も見えますが、線路の北側にある丘(長森、沼返山)のほうが、ずっと大きく目立って見えるのです。

そういうわけで、賢治の言う「七つ森」は、かなり大ざっぱな範囲ではないかという印象があります。

ともかく、作者は、「第四梯形」では、橋場線の汽車に乗って、《七ツ森》の北のヘリに沿って走りながら、このスケッチをしているようです。

汽車の方向は、文中にはっきり書いてないのですが、小岩井駅→雫石駅の下り方向だと思います。描かれている丘など沿線の状況とその順序から、そう推定できると思うのです。

スケッチの時刻については、さらに推定が困難です。

夜ではありません。

. 春と修羅・初版本
19行目に「まひるの夢をくすぼらし」とありますが、現実にいま真昼だという意味ではないかもしれません。

それほど遠くない丘(「第一梯形」)が「紺青」色に見え(23行目)、「ななめに琥珀の陽も射して」(40行目)、「真鍮の畑の一片」(44行目)とありますから、むしろ、早朝か夕暮れ時のようです。
「夜風太郎の配下と子孫」(34行目)は、夜ではないが、まだ(あるいは、もう)夜風が吹いているということでしょう。

早朝と夕暮のいずれなのかは、確定的な判断ができません☆

☆(注) 雰囲気は夕方のようにも思えるのですが、次のスケッチ「火薬と紙幣」(←日付に問題があります)が同じ日の昼間の雫石付近だとしたら、「第四梯形」は、朝のスケッチだということになります。なお、日出・日没と列車時刻のデータは次のとおりで、朝の列車は日出直後、夕方の列車は日没前、いずれも、このスケッチにふさわしいタイミングと言えます:小岩井駅(141.0E 39.7N 218.5H)1923.9.30:日の出5:26,日の入17:25。/橋場線列車時刻:盛岡発5:30→小岩井発5:59→雫石発6:11。盛岡発16:22→小岩井発16:47→雫石発16:57(『公認汽車汽船旅行案内』1923.6.15.現在)

さて、そこで大きな問題は、賢治の「第一梯形」「第二梯形」… が、それぞれ、じっさいに《七ツ森》のどの山に該当するのか?‥です。。。

こんなことにこだわるのは、詩を現実と取り違える好事家の瑣末な趣味だと言われかねませんが‥、ともかく、ギトンは現地へ行って、田沢湖線の線路のまわりを何度も歩き回りました(笑)。田沢湖線の電車にも何度となく乗って、小岩井と雫石の間をピストンしましたw‥
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