ゆらぐ蜉蝣文字


第8章 風景とオルゴール
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  【80】 昴



8.6.1


「昴[すばる]」は、【77】「宗教風の恋」,【78】「風景とオルゴール」,【79】「風の偏倚」とともに1923年9月16日(日曜)付。

「風の偏倚」の続きで、松原停車場で軌道電車に乗ったあと、花巻方面に向かう電車の中でのスケッチと思われます:地図:江釣子森、草井山 地図:大沢温泉〜松原 画像ファイル/地図:花巻電鉄

. 春と修羅・初版本

01沈んだ月夜の楊の木の梢に
02二つの星が逆さまにかかる
03  (昴がそらでさう云つてゐる)
04オリオンの幻怪と青い電燈

この夜、月が沈んだ時刻は、21時36分だそうです。しかし、当時の《花巻電気軌道》の時刻表によると、終電は、

 松原停車場  19時5分発
 花巻停車場  20時17分着

ですから☆、地平に山があって“月の入り”時刻が早まるとしても、このスケッチは天文暦と合わないのです。。。

☆(注) 栗原敦,op.cit.,p.94.

「沈んだ月夜」は、フィクションだと思うしかなさそうです★

★(注) そもそも、「沈んだ月夜」という言い方がひっかかります。月が沈んだ後の月の無い夜を「月夜」と言うでしょうか?! じつは月はまだ雲の向こうに出ているのだけれども、あたかも月が沈んだかのように暗い月夜──という意味なのではないか?とも思えます。/あるいは、「しづみたる月の光はのこれども踊の群のもはやかなしき」(歌稿A #203)という短歌のように、沈んだばかりの月の照り返しが残っている状態でしょうか?

「二つの星」も、謎です:

@ 「二つの星」は、琴座のベガ(織姫星)と鷲座のアルタイル(牽牛星)だという説があります。しかし、これらは、“月の入り”後も、天頂付近の高い空にあって、「楊の木の梢に‥かかる」けしきにはなりません。これらが西の低空にかかるのは、およそ午前0時以降なのです。

A 双子座の2星だという説がありますが、双子座は午前1時頃にならないと出て来ませんから違います。

ちなみに、宮沢賢治の“ふたごの星”は、双子座ではありません。昔の全集や宮沢賢治詩集には、まちがえて書いている注がありますが、童話『双子の星』の主人公も、『銀河鉄道の夜』の「双子のお星さまのお宮」も、双子座ではなく、さそり座のしっぽのところに2つ並んでいる緑色の星λ(ラムダ)とυ(ウプシロン)なのです◇:画像ファイル:すばる、さそり座λ,υ

◇(注) 草下英明『宮澤賢治と星』,pp.163,168.「二つとも緑色の星で、古来、兄弟の星と見られている。」
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