ゆらぐ蜉蝣文字


第8章 風景とオルゴール
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8.5.11


宇宙空間から地球に降ってくる電子やイオンの流れ(プラズマ)が、太陽表面のコロナから放射されて来る“太陽風”の一部であることは、当時はまだ分かっていなかったようです。

ビルケランドは、漠然と、宇宙空間全体が高速の電子やイオンで満たされていると考えていたようですし、宮沢賢治が「風の偏倚」で:

. 春と修羅・初版本

28月の彎曲の内側から
29白いあやしい氣体が噴かれ
30そのために却つて一きれの雲がとかされて
    〔…〕
32そらそら、B氏のやつたあの虹の交錯や顫ひと
33苹果の未熟なハロウとが
34あやしく天を覆ひだす




と書いているのも、

オーロラやジェット電流(ビルケランド電流)を惹き起こすプラズマ流は、“月面の噴火口”から吐き出されて来ると、想像しているように思われます。

ともかく、宇宙空間から雨のように降り込んで来る電子やイオンの流れが、未熟な青い苹果(りんご)のハレーション(色・匂い)をともなって、広い夜空に広がって行くさまを想像して、《心象》を形成していることが分かるのです☆

もちろん、花巻近郊でオーロラが見えるわけはないのですが、賢治の《心象》の夜空が、まったく非科学的な空想かというと、そうではないのです‥

“太陽風”(太陽からのプラズマ流)が地球磁場で加速され、極地の大気と衝突すると、オーロラを発光させるのと同時に、数十メガアンペアまでの巨大な“オーロラジェット電流”を発生させますが、このジェット電流は、激しい磁気嵐を惹き起こしますので、極地以外でも、地磁気の撹乱を観測することができます:⇒オーロラ50のなぜ

地磁気は、人間の目に見えませんが、かりに電磁場を見る目を持った生物がいたとすれば、その目には、賢治が《心象》として描いたような光景が映るに違いありません!!

☆(注) 宮沢賢治は、電気を、単にエネルギーの伝わる流れとしてイメージしていたのではなく、荷電粒子である電子の流れとして理解していたと思います。原子構造、陰極線(真空管)、前期量子論についても、基本的な理解は持っていました。というのは、賢治が遺した蔵書の中に、ジョン・ミルス、寮佐吉・訳『通俗科学講話叢書第三篇 通俗電子及び量子論講話』(1922年発行)があるのですが、「偏倚」という見慣れない用語は、じつは、この本の中で頻繁に使われているそうです。この本では「また、『陰極線管(クルックス管)』の実験についても言及されている。減圧されたガラス管のなかの電子の流れはちらちらと揺らぎ、美しい青紫に蛍光する。」寮美千子「宮澤賢治『四次元幻想』の源泉を探る書誌的考察」,in:『和光大学表現学部紀要』,13 (2005.4.) ⇒寮論文/PDF版,p.11.参照. ⇒画像ファイル:クルックス管 なお、秋枝美保氏が最近、新発見資料に基いて解明されたように、賢治は、相対性理論についても正確な理解を持っていました(秋枝,op.cit.,pp.338-347)。現在、多くの賢治研究者は、宮沢賢治は、オストワルドの“エネルゲティーク”(エネルギー論)のような疑似科学的な自然哲学を信じていたと考え、エルンスト・ヘッケルに対しては、宗教的な《霊魂不滅説》の立場から批判しているとしています。しかし、相対論・量子論という当時の科学の最先端を理解していた賢治が、疑似科学を本気で信じていたとは、ギトンにはどうしても思えないのです。賢治は、ヘッケルに対しては、むしろ逆で、その汎神論的生気論的な宗教的宇宙観の絶対性(一元論)を、相対論の立場から批判していたのだと考えます。なお、宮澤賢治における“相対と絶対の鬩ぎ合い”につき、秋枝,op.cit.,pp.402-405.参照。
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