ゆらぐ蜉蝣文字


第7章 オホーツク挽歌
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7.1.40


そこで、『宇宙の謎』の該当部分を見てみることにしましょう。

『宇宙の謎』のヘッケルに特徴的なのは、『生命の不思議』でははっきりと述べていなかった汎神論を、ここでは明確に述べていることです。

ヘッケルは、無神論者ではないのです。彼は“自由思想家”として、キリスト教の各宗派・教会とは鋭く対立しましたが、ニーチェのように神を否定したわけではありません。

たしかに、ヘッケルは“神”の存在を信じていました。

しかも、ヘッケルの汎神論的“神”は、理神論のような抽象的なものではなく、“宇宙のすべてを包括する存在”として具体的な実体を有していたのです。

少し長くなりますが引用してみましょう:

「U 汎神論(全一説)

 神と宇宙(Welt)は、同じ一箇の存在(Wesen)である。神の概念は、自然の概念、ないし実体(Substanz:実在するもの)
の概念と一致する。」

汎神論においては、神は世界内至る所に存在し、自然そのものである。神は、物質(Substanz)の内部で“力ないしエネルギー”として働いている。」

「〔…〕それゆえ、必然的に汎神論は、われわれの近代自然科学の世界観である。」

「紀元前数千年紀の昔、最も古い文化民族(インドとエジプト、中国と日本)に起きた哲学の最初の発端においては、汎神論の萌芽は、すでにさまざまな宗教的形態で散見されるのであるが、汎神論が一定のまとまりある哲学の形をとって現れたのは、紀元前6世紀前半、イオニア自然哲学の物活論においてであった。」

「17世紀後半に至って、汎神論の体系は、かの偉大なバールーフ・スピノザによって最も純粋な形に仕上げられた。スピノザは、万物の総体に対して純粋な実体概念(Substanz-Begriff)を立てたが、その中で“神と宇宙”は分かちがたく統一されている。」

(Ernst Heckel:"Die Weltraethsel", Kap.15 "Gott und die Welt",U, "Pantheismus" ギトン訳出)

☆(注) “Substanz”は英語の substance と同じで、理化学用語としては《物質》、哲学用語としては《実体》と訳される語です。哲学用語の《実体》は、《属性》の対立概念で、“それ自身だけで存在する本体”、あるいは“属性を持つもの”と定義されます。派生語の Substantiv は《名詞》。

「スピノザの悠大な汎神論的世界観においては、宇宙(Welt)(Universum, Kosmos)の概念は、すべてを包括するの概念と一致する。〔…〕この宇宙実体(Universal-Substanz)ないし“神的世界存在”は、その真の本質の二つの異なる側面、二つの基本的属性をわれわれに見せる。すなわち物質(無限に広がる実体的物質)、および精神(すべてを包括する思考する実体的エネルギー)である。」

「実体のこれらの様式は、もしわれわれがそれらを広がりという(“空間を占める”という)属性において観るならば、物体であり、質料体である。他方、もしわれわれがそれらを思考(“エネルギー”)という属性において観るならば、力であり観念である。」

「われわれの純化された一元論も、遡れば、このスピノザの基本概念に行き着くのである。われわれ
〔の科学理論──ギトン注〕にとっても、物質(空間を占める素材)とエネルギー(動かす力)は、唯一の実体の二つの分かち難き属性なのであるから。」
(Ernst Heckel:"Die Weltraethsel", Kap.12 "Das Substanz-Gesetz", "Substanz-Begriff" ギトン訳出)

シロウトが訳したので、哲学用語などの訳語が適当でないかもしれませんが、そのへんはご容赦ください。おおよその意味はとれるかと思います。
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