ゆらぐ蜉蝣文字


第7章 オホーツク挽歌
246ページ/250ページ


7.12.9


葬送行進曲の中で、昔から有名なのは、ショパン作曲のものです(ショパン「ピアノ・ソナタ第2番 作品35の2 変ロ短調」第3楽章; Frederic Chopin: Piano Sonata No. 2 in B Flat Minor, Op. 35: III. Marche Funebre. Lento):⇒画像ファイル:葬送行進曲

もとの曲は、ピアノソナタとして名曲なのですが(第1楽章から聴いてもらえれば分かります)、第3楽章だけが“葬式マーチ”として、アメリカのコメディーやアニメで使われすぎたので、陳腐化してしまいましたw

これを、まじめな詩の中で使うと、冗談になってしまうでしょう。

パーセルの「メアリ女王の葬送楽」(↑画像ファイル参照)も、映画『時計仕掛けのオレンジ』のメイン・テーマに起用されてから有名になりましたが、この曲は、賢治のころには知られていなかったでしょう。

ワグナーの「ジークフリートの葬送行進曲」も、賢治は知らなかったと思われます。

『春と修羅』では、「雲とはんのき」にも「葬送行進曲」が現れますが、賢治の詩想にある Funeral March -- 葬送行進曲とは、ベートーヴェンの交響曲第3番《英雄》ではないかと、ギトンは思っています。《英雄》の第2楽章には、「葬送行進曲(Mercia Funebre)」という章題が付いているからです★:画像ファイル:Funeral March

★(注) ただ、《英雄》の第2楽章は、ファゴットで始まるわけではありません。もちろん、オーケストラですからファゴットも使われますが、↑上のビデオを見たところ、第1テーマのメロディーを担当しているのは、弦とクラリネットです。クラリネットもファゴットも、木管楽器にはちがいありませんが‥。もっとファゴットが活躍する葬送行進曲がないかどうか、探したほうがよいのかもしれません。なお、ショパンの“葬送行進曲”はピアノ曲ですから、楽器の点でも、「ファゴットの声が前方にし」という詩句に適合しません。

たしかに、この楽章は、葬送のように悲しく始まりますが、途中からは、まるで不死鳥がよみがえるように力強く高揚して行きます。

なぜ「葬送行進曲」という章題が付いているのか、‥昔から、いろいろな説があります。なにしろ、《英雄》交響曲が発表された1804年といえば、“英雄”のモデル・ナポレオンはまだ権勢の絶頂にあって、死ぬどころではなかったからです。

しかし、そのへんのことは、音楽専門のサイトを参照していただくことにして、ここでは、ギトンの素人考えだけ、ちょっと書いておきます:

‥これは、ベートーヴェンが、ナポレオンを、頭の中で葬り去るためだったのだと思います。ベートーヴェンは、若い時から大のナポレオンびいきで革命派──つまり、ドイツ人なのにフランス革命に共鳴する“左翼過激派”ですw──でしたが、1804年、《英雄》交響曲完成の直後に、ナポレオンが皇帝に即位したことを知って、激怒したと言われています。
おそらく、ベートーヴェンとしては、身を擲って民衆を救う理想の英雄として、ナポレオンを崇拝していたのだと思います。ところが、じっさいのナポレオンは、権勢慾に満ちた利己主義者にすぎなかった。皇帝戴冠式の時に、皇冠をナポレオンの頭に載せようとしたローマ法王の手から、皇冠をひったくって自分で頭に載せたことが、信心深いベートーヴェンを激怒させたとも言われています。

その挙句、ベートーヴェンは、ナポレオンを、人類の進歩のため犠牲になった英雄(プロメテウスのような)として、いったん頭の中で殺したうえで、第3・4楽章で、理想の“英雄”の輝かしい思い出を歌い上げたのだと思います。



.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ