ゆらぐ蜉蝣文字


第7章 オホーツク挽歌
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7.10.3


. 宗谷(一)

「丘の上のスリッパ小屋に
 媼ゐてむすめらに云ふ
 恋はみなはじめくるしく
 やがてしも苦きものぞと」

「スリッパ小屋」は、スリッパの形をした小屋だとすると、かまぼこ形のトタン屋根の小屋でしょうか?‥車窓から、そういう建物が、丘の上にポツンと立っているのが見えたのかもしれません。だとすると、人の住む「小屋」ではなく、厩舎だったかもしれません。

いずれにせよ、粗末な小屋です。

しかし、作者は、その孤立して立っているようすを見て、「媼」の物語を想像したのではないでしょうか。

美しいだけではどうにもならない恋のにがさ。第2連の亜麻の花の印象が及んでいるように思います。

ともかく、この連の意味は、次の「結」連ではじめて解決します:

「にれくらき谷をいでこし
 まくろなる流れの岸に
 こらつどひかたみに舞ひて
 たんぽゝの白き毛をふく」

「にれ」は、楡(ニレ属)。北海道に分布するのは、ハルニレ、オヒョウの2種です。どちらも落葉樹で、25〜35mの大木になります。

オヒョウは、葉の形に特徴があり、樹皮(靭皮)の繊維は強靭で、アイヌはこれでアットゥシ(attus)という布を織ります:画像ファイル:ハルニレ、オヒョウ

「谷をいでこし」とは、
次の行にある「真黒なる流れ」つまり川が、暗い谷から流れ出て来るという意味でしょう。

「かたみに」は、“たがいに”。子どもたちが川岸に集まって、踊るようにして、たがいにタンポポの綿毛を吹き合っています。

最後の第4連の情景は、なにかほっとさせますが、意味は第3連から、どうつながるのでしょうか?

第3連の「媼」の言葉:「恋はみなはじめくるしく/やがてしも苦[にが]きものぞ」は、恋愛の真実なのかもしれません。始めは苦しく、途中からは、もっとにがい‥それは一面の真理です。

その・恋の苦さが溢れ出たような黒い流れが、氷河の削り残した丘丘のあいだから幾筋も流れ出、合わさって、淀んだ河流を形造ります。



稚内 猿払川
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