ゆらぐ蜉蝣文字


第7章 オホーツク挽歌
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7.10.2


しかし、かりに、宗谷岬を訪れなかったとしても、当時、宗谷本線は天北線・浜頓別回りのルートでしたから(現在の幌延経由のルートは、まだありませんでした)、列車は、宗谷の丘陵地を縫って走ります:北海道北部鉄道地図
車窓から、幾重にも連なった「丘丘」や「まくろなる流れ」(第4連)を眺めることができました:画像7枚目:南稚内駅付近

. 宗谷(一)

「  北 見

 丘丘は幾重つらなり
 こゝにして山きはまれば
 見はるかす大野のかなた
 海ぞともはてししらなく」

「こゝにして山きはまれば」ですが、「山」=「丘」と解すれば、丘陵の先、南方に浜頓別の平野部が広がり、さらに遠くに海(オホーツク海)があるのかどうか、平野の果ても知りえない、という意味に理解できます。

ともかく、この第1連は、ほかの賢治作品には見られない茫漠とした曠野の風景です。

故郷の岩手県などとは違って、まだ人の手がほとんど及んでいない索漠たる大地が広がっています。

「ましろなるそらのましたに
 水いろの亜麻刈るなべに
 立ち枯れのいたやの根もと
 ほろ蚊帳にあかごはねむる」

「亜麻」は、茎から繊維を取る草で、薄青色の花がどっさりと咲くのが特徴です。日本では北海道で栽培されています:画像ファイル:亜麻、イタヤカエデ

「水いろの亜麻」は、この薄青色の花に着目しているのだと思います。たしかに、花の色で青系統は珍しいですから、ちょうど開花期を迎えていた亜麻畑は、印象深かったはずです。

「なべに」は、よく分かりませんが、「刈る・なる・辺に」の「る」を、字数合わせで省いたのだと解しておきます。

「いたや」は、イタヤカエデ。北海道には多いカエデの種類で、葉は大きく、黄色い紅葉が特徴です。

「ほろ蚊帳(かや)」も、突き詰めるとよく分かりませんが、幌の形をした蚊帳ではないでしょうか。

夏も冷たい曇り空の下で、両親は一日じゅう亜麻刈りに没頭しなければなりません。赤ん坊は、立ち枯れた樹の下に、蚊帳をかけて放置されています。

しかし、青い不思議な色の花弁をひらひらさせている亜麻を、片端から刈り取ってゆく様子を想像すると、なにか空しいものを感じないではいられませんね。こんなに美しい北の大地と北の草花──しかし、美しいだけではどうにもならないと、作者は感じていたのかもしれません。

「丘の上のスリッパ小屋に
 媼[おうな]ゐてむすめらに云ふ
 恋はみなはじめくるしく
 やがてしも苦[にが]きものぞと」

第3連:起承転結で言えば“転”の部分ですが、たしかに、予想しなかった内容が現れます。

丘の上にある「スリッパ小屋」に住む老女が、娘たちに、“恋は初め苦しいが、しばらくすると、にがくなるぞ”と語るというのです。「し・も」は、強意の助詞で、意味はありません。
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