ゆらぐ蜉蝣文字


第7章 オホーツク挽歌
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7.7.21


. 春と修羅・初版本

64(濁つてしづまる天の青らむ一かけら)
65いちめんいちめん海蒼のチモシイ
66めぐるものは神經質の色丹松(ラーチ)
67またえぞにふと桃花心木(マホガニー)の柵

白熱したちぎれ雲の周りで、夕焼けの輝きはクライマックスに達していますが、そこで眼を別の方角に移すと、草原は早くも暮色の暗闇に沈み込もうとしています。

丈の高い草や樹々は暗色に沈み込み、空は、夜に向って鎮静して行きます。

その方角のそらの色は、濁ったように暗く、「天の青らむ一かけら」──雲の間に、濃青色の空が覗いています。

野原はもう、日の届かない海底のよう。チモシーのような草が、蒼いシルエットを浮き出させています。

「色丹松(しこたんまつ)」は、グイマツとも言います。カラマツに近縁の落葉針葉樹で、シベリア、カムチャツカから、サハリン、エトロフ島にまで広がっています。北海道にも本州にも自然には生えていません:画像ファイル:グイマツ

ルビの「ラーチ」は、本来はカラマツ属のことなのですが、木材用語としては、北方から輸入材として入って来るグイマツを、「ラーチ」と呼び習わしているようです。それで、賢治もグイマツを「ラーチ」と呼んでいるのかもしれません。

グイマツは、地球上で最も寒冷条件に耐える樹種です。それだけに、北方のグイマツ林は、グイマツ自身にとってもけっして良い条件ではないわけで、↑画像4枚目をごらんのように、荒れたような感じで細々と生えています。「神経質」とは、自然林のグイマツのひょろひょろとした樹形を言っているのではないでしょうか。

「桃花心木」は、「マホガニー」と読みます。
楽器や高級家具に使われる非常に高価な木材。心材は紅〜橙色で、金色の光沢があります。漢字は、桃の花の色の心材をもつ木という意味でしょう:画像ファイル:マホガニー

マホガニーは、中南米に分布する常緑樹ですが、現在では、ワシントン条約で取引が制限されています。ギトンも、マホガニーの実物は見たことがありませんが、‥‥たしか、シャーロック・ホームズの部屋のテーブルが、マホガニー製でしたね☆

☆(注) 『まだらの紐』事件、参照。

ともかく、マホガニーで庭の柵をこしらえる…しかもサハリンで…それは、ありえないことです。おそらく、赤みがあって木目が目立つ白木の柵を、賞讃して「マホガニー」と言っているのでしょう。
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