ゆらぐ蜉蝣文字


第7章 オホーツク挽歌
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7.7.18


. 春と修羅・初版本

56結晶片岩山地では
57燃えあがる雲の銅粉
58 (向ふが燃えればもえるほど
59  ここらの樺ややなぎは暗くなる)

「結晶片岩山地」と言っていますが、賢治は、鈴谷山脈の地質を知っていたわけではないと思います。おそらく、山襞の重なった景観から、結晶片岩を連想したのではないでしょうか:画像ファイル:結晶片岩

目を上げれば、山地の稜線に、雲が夕陽を受けて輝くのが見えます。列車から見て、鈴谷山脈は東にあり、西から差し込む夕陽を受けているのです。

それはあたかも、銅粉が燃焼して燃え上がっているかのようです☆

そして、目を下ろせば、それとは対照的に、野原の樺や楊(やなぎ)の木は、夕暮れの中に暗く沈んでゆくのが見えます。
サハリンの“やなぎ”は、シダレヤナギではなく、ポプラ類(ヤマナラシ属)の枝を上に伸ばす楊樹です。

☆(注) これは、化学知識としては不正確です。現在では中学校で、銅粉を燃焼させる実験を行ないますが、銅粉を燃焼皿に入れて加熱すると、静かに藍色に変り、虹色を帯び、最終的には真っ黒の酸化銅 CuO になります。火花のように光を発して燃え上がることはありません:銅の燃焼実験

銅粉を燃焼させる実験は、賢治の時代には行われていませんでした(高熱に耐える材質の燃焼皿がなかったためでしょう)。だから、賢治は、銅粉が、鉄粉や炭の粉のように光を発して燃え上がると誤想しているのです。

なお、ここで「銅粉」が現れたのは、山襞の影を「緑青(ろくしょう)」と表現したことからの連想だと思います。

60こんなすてきな瑪瑙の天蓋(キヤノピー)
61その下ではぼろぼろの火雲が燃えて
62一きれはもう錬金の過程を了へ
63いまにも結婚しさうにみえる

ふたたび眼を上に向けます。

「瑪瑙(めのう)」は、岩石の空洞の中にオパール、石英、玉髄が層状に沈殿してできた縞もようの鉱物です。とくに赤と白の縞模様のメノウは美しいので、6月の誕生石になっています:画像ファイル:瑪瑙

「天蓋(キャノピー)」は、ベッドの上に吊るす白やピンクの蚊帳(かや)のようなカーテン。映画などで、西洋の昔の貴族がよく使っています:画像ファイル:天蓋

「瑪瑙の天蓋」ですから、高い雲は、もう夕焼けで薄桃色に染まっています。そして、低空では、「ぼろぼろの火雲が燃え」──燃えるように赤〜橙色に光っています。

62一きれはもう錬金の過程を了へ
63いまにも結婚しさうにみえる

低空の雲の中でも、最も白熱した雲の切れ端について、言っているのですが、「錬金」は、錬金術(alchemy)でしょう。
「結婚」についても、とりあえず、“錬金術”関係の術語として調べてみたいと思います:

“錬金術(alchemy)”は、化学が発祥するもとになった一種の魔術。中国の“煉丹術”も、じっさいの内容は、かなり似ています。

この“アルケミー”に対して、“錬金術”という訳語は、あまり適当でないようです。日本では、“錬金術”と言うと、ひたすら、人工的に金(きん)を造り出すことを目的として、いろいろな化学反応や魔術を研究したように思われています。

しかし、アラビア〜西洋の“アルケミー”は、人間の不老不死、‥あるいは、“死すべき定め”から解放された超人ないし神人(ギリシャのアキレスのような)となることが、最終目的だったようです。つまり、中国の“煉丹術”と、目的も手段も似かよっているのです。
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