ゆらぐ蜉蝣文字


第7章 オホーツク挽歌
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7.7.17


. 春と修羅・初版本

49山の襞のひとつのかげは
50告ツのゴーシユ四辺形
51そのいみじい玲瓏(トランスリユーセント)のなかに
52からすが飛ぶと見えるのは
53一本のごくせいの高いとどまつの
54風に削り残された黒い梢[こずえ]だ
55  (ナモサダルマプフンダリカサスートラ)

「玲瓏(れいろう)」は、辞書を見ますと:

@ 金属・玉などがさえた美しい音で鳴るさま。また,玉を思わせる美しい声の形容。「玲瓏たる笛の音」

A 玉のように美しく輝くさま。さえて鮮やかなさま。「玲瓏たる山月」,「玉のやうに玲瓏な詩人」(漱石『行人』)

もともと、中国語では、宝石や鉦(かね)が触れあう[玲瓏 ling-long]という擬音なのでしょう。視覚に転用されて、透き通って明るい風景や容貌を表すのだと思います。

ルビの「トランスリユーセント」は:translucent {英}:半透明の。

そうすると、空間四辺形の山かげは、単に暗くなっているのではなく、エメラルドのような透き通った暗緑色に輝いていることになります。

その影の“輝き”の中に、一本だけ高く伸びたトドマツ(モミ属で、天に向かって腕を広げるような枝振り)の梢が、強風で削られて、鳥が飛んでいるような形になって、黒く浮かんでいるわけです。

このように、風の強い場所にある樹木は、風のあたる側の枝葉が成長を抑えられるので、アンシンメトリーな樹形になります(風衝樹形):⇒画像ファイル:風衝樹形

本州では、富士山の中腹や、高い山で見られますが、サハリンでは、低い場所でも見られるのでしょう。

深い緑色の空間に浮かぶ黒い飛鳥という秀逸な風景は、極北の厳しい自然が生み出した美なのです。

ここでまた、「ナモサダルマプフンダリカサスートラ」というサンスクリットの題目が挿入されます。

この部分の流れから見ても、サンスクリットの題目を入れた宮沢賢治の意図は、宗教的なものというよりも、美的なものではないかと思います。

人間の感覚を超越するかのような・神々しいまでの極北の自然美に対する驚嘆なのではないでしょうか。
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