ゆらぐ蜉蝣文字


第7章 オホーツク挽歌
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《Cl》 農場解放碑



【69】 樺太鉄道




7.7.1


「樺太鉄道」は、「オホーツク挽歌」と同じ1923年8月4日付、作者は栄浜駅16:35発大泊行きの列車に乗ったと思われます。というのは、この詩の終り頃には、夕焼けとたそがれの風景になるからです。

栄浜(スタロドゥプスコェ)は最北端の駅ですから、豊原(ユジノサハリンスク)、大泊(コルサコフ)方面へ戻るのです。作品「樺太鉄道」は、終始車窓からのスケッチです:画像ファイル:樺太庁鉄道

. 春と修羅・初版本

01やなぎらんやあかつめくさの群落
02松脂岩薄片のけむりがただよひ
03鈴谷山脈は光霧か雲かわからない

アカツメクサ(ムラサキツメクサ)は、シロツメクサと同じクローバーの仲間(シャジクソウ属)の牧草で、日本には明治時代以後に導入されました。サハリンには、ロシア領時代に導入されて野生化していたと思われますが、いずれにしろサハリンにもともとある植物ではありません:画像ファイル:アカツメクサ、松脂岩

「松脂岩」(ピッチストーン) は、黒曜石と同じガラス質火山岩ですが、水を1-10% 含み、成分は酸性(流紋岩質、珪酸に富む)で、鉱物の斑晶(結晶)を多少含む場合があります。

「松脂岩薄片のけむり」:ガラス質の松脂岩を薄片にして光に透かして見ると、黒い煙のような濃淡が見えます。
空に、松脂岩薄片のような煙(あるいは霧)が漂っているという意味だと思います。

ヤナギランやアカツメクサの薄紫の群落が見られる草原の上には、黒い煙のようなもやが漂っています。山々も、真夏の午後のもやがかかって、薄雲なのか、強い陽射しで空気が濁って光るのか、区別がつきません。

「鈴谷[すずや]山脈」は、樺太庁鉄道東海岸線(大泊━豊原━栄浜)の東側にある山地。高山植物が豊富で、日本統治時代は《樺太八景》の一つとされました。現在は東サハリン山地と呼ばれています:サハリン地図(栄浜)

04  (灼かれた馴鹿の黒い頭骨は
05   線路のよこの赤砂利に
06   ごく敬虔に置かれてゐる)
07   そつと見てごらんなさい
08 やなぎが青くしげつてふるえてゐます
09 きつとポラリスやなぎですよ

「馴鹿(じゅんろく)」は、トナカイのことです。
“トナカイ”はアイヌ語ですが、トナカイを飼育しているのは、アイヌではなく、サハリン、沿海州、東シベリアに住む多くの先住民族:ニヴフ(ギリヤーク)、ウルチャ(オロッコ)、エヴェン、エヴェンキ、ヤクートなどです。
サハリンでは、現在でも、先住民のトナカイ飼育が行われています:画像ファイル:トナカイ
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