ゆらぐ蜉蝣文字


第7章 オホーツク挽歌
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7.6.27


しかし、66行目前後に戻りますと‥、《仮眠》から覚めた時点では、

「一きれのぞく天の青」から「強くもわたくしの胸は刺されて」はいても、そこにトシの存在がはっきりと感じられるわけではありません:

. 春と修羅・初版本

67わたくしが樺太のひとのない海岸を
68ひとり歩いたり疲れて睡つたりしてゐるとき
69とし子はあの青いところのはてにゐて
70なにをしてゐるのかわからない

いま、作者は、《仮眠》から起き上がって波打ち際を歩いています。

60行目「わびしい草穂やひかりのもや」の前に2行分の空白があるので(15ページの末尾)、「若者」が去って行った時からは、もう相当に時間が経っています。

71とヾ松やえぞ松の荒さんだ幹や枝が
72ごちやごちや漂ひ置かれたその向ふで
73波はなんべんも巻いてゐる
74その巻くために砂が湧き
75潮水はさびしく濁つてゐる
76(十一時十五分、その蒼じろく光る盤面(ダイアル))

トドマツ、エゾマツは、北海道以北に特徴的なマツ科の樹種です:画像ファイル:エゾマツ、トドマツ
トドマツは、モミやシラビソの仲間。エゾマツは、トウヒの仲間です。「荒さんだ幹や枝が/ごちやごちや漂ひ置かれ」ているのは、伐られた木材の残骸が潮に流されてきて、波打ち際に漂っているのかもしれません。「その向ふで/波はなんべんも巻いてゐる」と言っていますから、そうでしょう。

伐採した木材を船積みする場所が近くにあるようです☆。さきほど居たハマナスや釣鐘草の咲いた浜辺からは、隔たっています。作者は、この間に‥《仮眠》のあと?‥かなり歩いているのです。

もっとも、「巻くために砂が湧き‥」と言っているように、波止場になっているわけではなく★、砂浜です。

ともかく、《仮眠》前とは対照的に、荒れたさびしい場所です。

☆(注) 栄浜にも、王子製紙樺太分社の事業所がありました。パルプ原料の木材を積み出していたかもしれません。

★(注) 104-107行目に、「遠くなつた榮濱の屋根はひらめき/〔…〕/町やはとばのきららかさ」とありますから、波止場は、栄浜集落の近く(東海岸)にあって、ここ(西海岸)からは遠いのです。



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