ゆらぐ蜉蝣文字


第7章 オホーツク挽歌
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7.5.23


メーテルリンクは、当時から日本でも有名で、『タンタジールの死』も、1914年に日本語訳が出版されています。
宮澤トシは、メーテルリンクの『万有の神秘』を熟読しており、トシ『自省録』では、『万有の神秘』から引用した上、

「私は自分に力づけてくれたメーテルリンクの智慧を信ずる。」

と書いています★

★(注) 山根知子『宮沢賢治 妹トシの拓いた道』,2003,朝文社,pp.132,339f.

したがって、賢治が『タンタジールの死』を読んでいたのは、まちがえないと思われます。

人間の力ではどうすることもできない不条理な死別を象徴する「タンタジールの扉」を、賢治が持ち出した意味は、明らかです。

ちょっと気になるのは、死ぬタンタジールは、妹でなく弟、追いかけるイグレーヌは、兄でなく姉だということです。しかし、この性別の逆転は、賢治にとってはかえって、自分と妹の関係を、イグレーヌとタンタジールに投影するのに好都合だったと、ギトンは思います。
その理由は、前nの(注)に書いたように、賢治の同性愛志向のためです。






. 宗谷挽歌

 呼子が船底の方で鳴り
 上甲板でそれに応へる。
 それは汽船の礼儀だらうか。
 或ひは連絡船だといふことから
 汽車の作法をとるのだらうか。
 霧はいまいよいよしげく
 舷燈の青い光の中を
 どんなにきれいに降ることか。
 稚内のまちの灯は移動をはじめ
 たしかに船は進み出す。

「呼子(よびこ)」⇒:画像ファイル:呼子

銅鑼に続いて、出航の合図の呼子を、船底の機関室と上甲板で鳴らし合い、船は動き始めます。しかし、船の上にいる賢治の眼には、陸地の明かりが動いて行くように見えます。濃霧の闇夜で、水面や桟橋の様子が見えないからです。

「舷燈」は、船の側面についている灯り。青い“光の棒”の中を、霧が、降るように急速に流れていきます。
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