ゆらぐ蜉蝣文字


第7章 オホーツク挽歌
125ページ/250ページ




7.5.11


. 宗谷挽歌

 霧がばしゃばしゃ降って来る。
 帆綱の小さな電燈がいま移転し
 怪しくも点ぜられたその首燈、
 実にいちめん霧がぼしゃぼしゃ降ってゐる。
 降ってゐるよりは湧いて昇ってゐる。
 あかしがつくる青い光の棒を
 超絶顕微鏡の下の微粒子のやうに
 どんどんどんどん流れてゐる。

霧が動いています。船内の灯りの光跡が、霧の中に「青い光の棒」を作っています。チンダル現象です。その「光の棒」の中で、霧が流れているのが見えます。

「超絶顕微鏡」は、限界顕微鏡とも言います:⇒画像ファイル:限界顕微鏡 原理・構造は、ふつうの光学顕微鏡と変らないのですが、コロイド溶液に強い可視光やレーザー光をあててチンダル現象を起こし、出てきた散乱光を、レンズで拡大します。
コロイド粒子は、可視光の波長と同じくらいの大きさなので、光学顕微鏡で直接見ることはできません。しかし、散乱光ならば、粒子の像は、ぼやっと大きくなります。また、粒子はブラウン運動で動くので、目に付きやすくなります。こうすれば、光学顕微鏡で見えない微細なコロイド粒子を、直接見ることができるわけです☆

賢治はここで、限界顕微鏡下で観察されるコロイド粒子のように、電燈の光跡の中で、霧が流れてゆくのが見える★と言っているわけです。

☆(注) 英語版Wikipedia(Ultramicroscope)による。なお、日本語版には項目がありません。

★(注) もちろん、賢治の眼がいくら良くても、顕微鏡のような分解能はありませんから、霧の粒子(微細な水滴)が見えるわけではありません、濃淡の流動が見えているだけです。

  (根室の海温と金華山沖の海温
   大正二年の曲線と大へんよく似てゐます。)

↑ご存知のない方には謎の文句に見えるかもしれませんが、ここで宮沢賢治が述べているのは、この年(1923年)の冷害予想に関することなのです。

岩手大学・農業教育資料館(⇒:盛岡高等農林)◇の展示によりますと:⇒盛岡高等農林学校における冷害研究の伝統

◇(注) 岩手大学は、盛岡高等農林学校(賢治が1915-1918年に学んだ)の後身で、現在では総合大学です。大学構内にある農業教育資料館は、高等農林の本館(管理棟と講堂)であった建物で、宮澤賢治関係として展示しているのは一室のみですが、他もすべて盛岡高農に関する展示なので、私たち賢治ファンにとっては、全館が‘宮澤賢治資料館’です(笑)。賢治が寄宿した自啓寮の跡(周辺に短歌に詠まれた樹木等)は、すぐ近くにあり、賢治と嘉内が寮友とともに記念撮影をした“植物園”は、キャンパスの北の端、グランドの西隣りにあります。ほかに、同大学図書館には、賢治在学時代の蔵書も検索できるカード目録と蔵書があるそうです。キャンパスは広いので、可能ならば自転車で行かれることをお勧めします。
.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ