ゆらぐ蜉蝣文字


第6章 無声慟哭
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6.1.7


なお、“陰惨に見える天も、じつは明るく楽しい”という部分は、翌年の「青森挽歌」の終り近くでは、↓つぎのように書かれています:

「おまへの武器やあらゆるものは
 おまへにくらくおそろしく
 まことはたのしくあかるいのだ」
(青森挽歌)

↓つぎは、B展開部です。雨雪採取の状況が具体的に述べられます。

. 春と修羅・初版本

28…ふたきれのみかげせきざいに
29みぞれはさびしくたまつてゐる
30わたくしはそのうへにあぶなくたち
31雪と水とのまつしろな二相系をたもち
32すきとほるつめたい雫にみちた
33このつややかな松のえだから
34わたくしのやさしいいもうとの
35さいごのたべものをもらつていかう
36わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ
37みなれたちやわんのこの藍のもやうにも
38もうけふおまへはわかれてしまふ
39(Ora Orade Shitori egumo)※
40ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
41あぁあのとざされた病室の
42くらいびやうぶやかやのなかに
43やさしくあをじろく燃えてゐる
44わたくしのけなげないもうとよ
45この雪はどこをえらばうにも
46あんまりどこもまつしろなのだ
47あんなおそろしいみだれたそらから
48このうつくしい雪がきたのだ

 ※あたしはあたしでひとりいきます

「雪と水とのまつしろな二相系」は、「さっぱりした雪」・まっ白な美しい雪と、それをぐちゃぐちゃにさせている雨水とから成っている“みぞれ”のアンビヴァレンツな構造を示しています。それは、この陰鬱な世界の構造でもあります。
「わたくし」が、「その上に危なく立」っているのは、そのアンビヴァレンツな陰鬱な世界を体験している主体、「わたくし」自身も、アンビヴァレンツな「二相系」にほかならないからです。

32-38行目で、作者は、妹への愛惜の気持を述べながら、雪を取って行こうとしています。ここでは、「わたくしのやさしいいもうと」と呼んでいます。

しかし、妹の言葉:「Ora Orade Shitori egumo」──を想起したあとの40-48行目では、一転して☆、取って行こうとする雪の「まっしろ」さ、「うつくし」さに対する驚嘆が述べられます。そして、「とざされた病室の/くらいびやうぶやかやのなかに/やさしくあをじろく燃えてゐる」という妹の陰惨な状況が述べられ、外形は陰湿な臨終の床であっても、妹の内部には、明るく優しい光が、点っているにちがいないことが暗示されます。
そして、呼びかけも一転して、「わたくしのけなげないもうとよ」となるのです。

☆(注) この転換は、この詩のテーマ──「わたくし」を雨雪採取に駆り立てたもの──との関係で重要です。雪の「まっしろ」さ「うつくし」さの発見は、“自分は自分で独り逝く(付いて来なくてよい)”という‘妹の言葉’に触発されています。詳しくは、のちほど3で論じます。
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