ゆらぐ蜉蝣文字


第6章 無声慟哭
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6.4.2


この間に、童話の創作と推敲も相当行なわれていたと思われますが、残念ながら時期を特定できるものはありません。ただ、4月8日〜5月23日の『岩手毎日新聞』に、「心象スケッチ 外輪山」★、童話「やまなし」「氷河鼠の毛皮」「シグナルとシグナレス」を掲載しています。
この前後の執筆作品としては、「二十六夜」「革トランク」「おきなぐさ」「黄いろのトマト」「チュウリップの幻術」「ビヂテリアン大祭」「土神ときつね」「マグノリアの木」「インドラの網」「雁の童子」など多数にのぼります◇

花巻高等女学校音楽教諭・藤原嘉藤治の1月19日の日記には、「宮沢氏の創作熱は大部高いらしい」と書かれています。この日、賢治は斎藤宗次郎とともに藤原を訪問しています。

★(注) 題名を「東岩手火山」に変えて『春と修羅』《初版本》に収録。

◇(注) なかんづく、東京堂への童話持込みとの関係で「革トランク」、浄土真宗の風刺ともとれる「二十六夜」、死別をテーマとする「おきなぐさ」、兄妹を主人公とする「黄いろのトマト」、恋愛をうかがわせる「土神ときつね」、解体された「小岩井農場・パート8」の後身と思われる西域三部作が書かれていることは、注目に値します。

このように、たとえ詩作は“ブランク”だったとしても、創作活動全体は、他の時期に劣らず旺盛に行なわれていたことが分かるのです。

さて、「風林」と「白い鳥」は、生徒数名を連れて岩手山に登山する途中のスケッチです。「風林」は、往路の夜、柳沢(地図:柳沢)付近の柏林の中で休憩している状況、「白い鳥」は、翌日の下山行で、鞍掛山麓の牧野(相の沢牧野か?)と思われます。

ただ、日付の曜日に、やや問題があります。
カレンダーによると、「風林」の日付:1923年6月3日は日曜、「白い鳥」の6月4日は月曜なのです。作品日付は、スケッチを取材した日、というほかの作品の“通則”を適用しますと、賢治と生徒たちは、月曜に教師引率で学校をサボったことになります。

何かの理由で、じっさいの岩手山行とは1日ずれていることも考えられますが、◆
じっさいに日曜〜月曜の山行だったと考えることもできると思います。畠山校長は磊落な人物として知られていたそうで、とくにこの時期は、5月の開校式で賢治が自作演劇を披露して、町の名士にも評判がよかったでしょうから、賢治の登山を“準学校行事”として校長が許可していたことは、ありうると思うのです。

◆(注) 後述するように、「風林」で、賢治と生徒たちが柳沢付近で休んでいる時刻は、夜半過ぎの可能性があります。つまり、6月2日(土曜)の夜に出発して、「風林」のスケッチを書いたのは、午前零時を過ぎた3日未明なのかもしれません。じつは、第4章に入れた「厨川停車場」は1922年6月2日付ですが、賢治の草稿(【清書後手入れ稿】)では「風林」のすぐ前に接続して清書されているのです。もし、この作品日付が1923年6月2日の誤りだとすれば、「風林」の前に、生徒を連れて汽車で滝沢駅へ向かう途中の沿線風景を描いていることになります。その場合、出発日は6月2日です。ただ、この仮定でも、下山途中の「白い鳥」が6月4日になっているのは説明がつきません。この3つの作品の日付については、なお検討の余地がありますが、さしあたって従来の考え方にしたがい、6月3日出発、6月4日下山としました。

しかし、いずれでも、作品の内容には影響がないでしょう。

. 春と修羅・初版本

    風 林
01(かしはのなかには[鳥]の巣がない
02 あんまりがさがさ鳴るためだ
03ここは艸があんまり粗く
04とほいそらから空氣をすひ
05おもひきり倒れるにてきしない
06そこに水いろによこたはり
07一列生徒らがやすんでゐる

柏の木には鳥が巣を作らないって、ほんとなんでしょうかね?ともかく、鳥の鳴き声がしないってことでしょう。
カシワの葉は大きくて厚いので、風が吹くとガサガサ鳴ります:画像ファイル:カシワ そのため、鳥は驚いて逃げてしまうというのです。

「草があんまり粗く」は、下草が笹や潅木などの硬いヤブなのでしょう。

第5章の「東岩手火山」などで説明しましたが、当時、岩手山に登るには、夕方〜夜に、東北本線・滝沢駅から柳沢集落(表参道・登山口、岩手山神社がある)まで歩き、柳沢の宿屋で仮眠して未明に出発し、明け方に山頂(薬師火口)で御来光(日の出)を拝むのが一般的なコースでした。

しかし、この日は、滝沢をかなり遅く出発したようです。というのは、この日1923年 6月3日の天文暦を見ますと:

 日の入  18時59分    
 薄明終了 20時56分
 月の出  22時27分    
 月南中  03時46分(4日)

となっています。この詩には:

. 春と修羅・初版本

11月はいましだいに銀のアトムをうしなひ
12かしははせなかをくろくかがめる

27月光の反照のにぶいたそがれのなかに

31よこに鉛の針になつてながれるものは月光のにぶ

とあって、月が出ているのです。
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