ゆらぐ蜉蝣文字


第5章 東岩手火山
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5.5.8


ところで、“チェーホフのロシア”というと、どんな風景なのでしょうか?

ギトンは、チェーホフの小説『曠野』に描かれたような南ロシアのコサック草原・原野ではないかと思うのです:画像ファイル:荒野のコサック

ここで、寄り道になりますが、チェーホフ『曠野』で、原野を旅するシーンから、少しだけ見ておきたいと思います。

小説『曠野』☆の舞台は、ロシアも南端の黒海(アゾフ海)沿岸地方の荒野でして、原題は "Step'" ── ステップ、つまり乾燥草原です。

ここには、丘や林などはなく、地平線まで広がる一面の荒地と草原で、9歳の少年エゴールシカを乗せた荷馬車隊は、炎暑にさらされながら遠方の町を目指します:

☆(注) 現在入手しやすい『曠野』の翻訳は:チェーホフ作・松下裕訳『子供たち・曠野 他十篇』,2009,岩波文庫32-623-6,pp.183-377.

「けれどもしばらくすると朝露は消え、空気は凝固して、誑(たぶら)かされた曠野は持ち前のものうい七月の姿となった。草はうなだれ、生気は失せてしまった。日に照りつけられた、褐色がかった緑の丘は、遠目には影のように穏やかな調子の藤色で、平野は遠く霞み、その上方に広がった大空は、森も、高い山もない曠野のこととて恐ろしいほど深く澄み切って、これらすべてが今、果てしもなく、わびしさに茫然自失しているかのようだった……。

 なんと蒸し暑く、けだるいことだろう!馬車は駆けているが、エゴールシカの目に映るものは相も変わらぬ景色の──空、野原、丘だけだった……。〔‥‥〕雑草の中に、白いしゃれこうべやごろた石などがちらりと見える。」
(『曠野』一)

「馬車は動き出した。まるで進んでいるのではなくて後しさっているような気がした。行く行く目につくものが、昼間でとそっくりそのままだったから。丘の連なりは相変わらず紫色の彼方に沈んで、その果ては見えなかった。〔‥‥〕空気は炎暑と静寂とでいっそう凝固し、従順な自然は沈黙のうちに麻痺したようになった……。風もなく、活気に満ちた爽やかな物音もなく、雲も見えなかった。

 けれども、やがて陽が西にかたぶきかけるころともなると、曠野や丘や大気は、とうとうその圧迫に堪えかねて、我慢し切れず、苦しみぬいたあげくに頸木をかなぐり捨てようとした。〔‥‥〕と、いきなり淀んだ大気の中で何かが引き裂け、激しい風が吹き起こり、騒々しい音を立て、唸り声を上げて、曠野を駆けめぐり始めた。たちまち草や去年の雑草も不平を鳴らし、砂塵が街道に渦を巻き、曠野を駆け抜け、藁や、蜻蛉(とんぼ)や、羽をさらいこみながら、真っ黒な竜巻となって天へ舞い上がり、陽を曇らせた。」
(『曠野』二)

「曠野や丘や大気は、とうとうその圧迫に堪えかねて、我慢し切れず、苦しみぬいたあげくに頸木をかなぐり捨てようとした。」

という描写は象徴的です。「曠野(ステップ)」とは、ロシア人よりも昔から草原を住処にしてきたタタール人やドン・コサック、あるいは《プガチョフの反乱》を引起こした農奴たちの隠れ家であり、文明人をよせつけない荒々しい処女地なのです。

「たちまち草や去年の雑草も不平を鳴らし、」

という続きのくだりは、まさに、乱民が不満分子を糾合して大反乱になって行くかのような不穏な悪夢を誘います。

夕方の突風は、まもなくそのまま鎮まりますが、やがて夜を迎え真っ暗になった後で、激しい雷雨が襲って来ます:

「エゴールシカはちょっと起き上がって、まわりを見まわした。遠くのほうが際立って黒くなり、もうひっきりなしに、一分ごとといわず、青白い光が瞼のように瞬いた。遠くの暗黒は、まるで重みを受けでもしたように、右側へ傾いでいた。
 〔‥‥〕
 遠くのほうと右手の地平とのあいだに稲びかりがして、目も眩まんばかりだったので、曠野の一部や、明るい空の黒い部分と接しているあたりが、くっきりと照らし出された。恐ろしい雨雲が、ゆっくりと、ひとかたまりになって追って来た。雨雲の端からは大きな黒いぼろきれが垂れていた。〔‥‥〕陰にこもらずに、はっきりと雷鳴が轟いた。エゴールシカは十字を切って、あわてて外套を着はじめた。」
(『曠野』七)
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