ゆらぐ蜉蝣文字


第5章 東岩手火山
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《Al》 狼のキメラ




【55】 犬





5.4.1


つぎの作品は「犬」です。日付は、1922年9月27日(水曜):

. 春と修羅・初版本

01なぜ吠えるのだ、二疋とも
02吠えてこつちへかけてくる
03(夜明けのひのきは心象のそら)
04頭を下げることは犬の常套だ
05尾をふることはこわくない
06それだのに
07なぜさう本氣に吠えるのだ
08一ぴきは灰色錫
09一ぴきの尾は茶の草穂
10うしろへまはつてうなつてゐる

以前に【ギトンのお部屋】で扱った時には、まず、賢治作品の中の犬の用例を集め──そのすべてを引用することはできないほど、例はたくさんありました──、分類し、しかるのちに、この詩「犬」にとりかかる、という手順を踏みました。

しかし、その結果、かえってこの詩自体の理解がさまたげられたような気がします。

そこで、今回は、まず虚心に読んでみよう──ということで、前半の部分を↑掲出しました。

そして、いま気がついたことがあるのですが‥

犬の好きな方、また、犬を飼っている、あるいは飼っていたことのある方は、ぜひ、注意して読んでみてください。
なにか気づきませんか?(笑)

ギトンも、小さいときから大学生くらいまで、ずっと犬といっしょにいましたから、犬のことは分かっているつもりです。

しかし、↑上の詩を見ると‥ どうしても腑に落ちないのです。。。
つまり、犬の行動として理解できない点があります。

@‥‥2匹の犬が、吠えながら、作者(たち?)のほうへ走って来る(1-2行目)

A 作者の近くに来て、頭を低く下げている(4行目)

B 尾を振っている(5行目)

C 作者に向かって本気で吠えている(6行目)

D (通り過ぎた?)作者の後ろへ回って、唸っている(10行目)

↑このABCが同時、ということは、ありうるのでしょうか??!

ABは、喜んでいる態度☆──飼い主が来たときの行動です。

Cは、怒っている☆、あるいは、威嚇している態度で、通行人を警戒しているときなどです。この時、尾は下に垂れています。尾は振らずに、本気で吠えます。
人を咬む危険があるのは、こういう態度の時です。

もちろん、尾を振りながら吠えることも、あります。それは、やはり喜んでいる場合──たとえば、飼い主が餌を持って来ると、待ちきれなくて、しっぽを大きく振りながら、さかんに吠えます。
こういう場合に、人に咬みつくことはありません。

しかし、A頭を低く下げて、Dうなる、C本気で吠える、としたら、やはり、怒っているときではないでしょうか?。。。
その時は、尾は下に垂れます。つまり、Bとは両立しません。

☆(注) 喜んでいるとか怒っているとか書きましたが、動物には感情がないと言う専門家もいます。人間が感じる感情とは違うのかもしれませんが、犬を飼っていると、犬が喜んだり、怒ったり、警戒したり、怖がったりするのは、たいへんよく判ります。

宮澤賢治は、犬を飼ったことはないようです。宮澤家には、猫はいますが、犬はいなかったようです。
豊澤町の宮澤家の近所には、犬を飼っている家がありました。そこの犬に、賢治はよく吠えられたといいます。

したがって、宮沢賢治は、犬の行動や習性を、あまり知らなかったのではないでしょうか。。。
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