ゆらぐ蜉蝣文字


第5章 東岩手火山
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5.1.3


. 春と修羅・初版本

01おい、銅線をつかつたな
02とんぼのからだの銅線をつかひ出したな
03 はんのき、はんのき
04 交錯光亂轉
05氣圏日本では
06たうたう電線に銅をつかひ出した
07(光るものは碍子
08 過ぎて行くものは赤い萓の穗)

さて、賢治自身は、電灯線や送電線は銅線でできていることを知っていたでしょうけれども、同行の生徒たちは知らなかったかもしれませんね。

岩手山麓へ向かう汽車の中で、ホトケさまの仏像を造るのと同じ銅でできているのだ!‥ほら、付け替えたばかりの新しい電線は、赤っぽく光ってるだろう!‥と賢治から聞いて、
そんな高価なものを使っているのか!!、と言って、生徒たちは驚いたかもしれません‥w

そのことと‥、
ちょうど秋の野原では、赤銅色の赤とんぼ(アキアカネ)がたくさん飛びまわり、「赤い萓☆の穗」がゆれているのを見て、作者は、このおどけたスケッチを考えついたのではないでしょうか?‥

☆(注) 萓(かや)は、ここでは、ススキのこと。

走る列車から見はるかす広々とした気圏の中で、

銅線のように細いたくさんの赤トンボや、
ススキの赤い穂の波が、真新しい銅のようにきらきらと輝いています。

そして、線路に沿って、どこまでも続いて行く電信線もまた、いまや綺麗な銅に取り換えられて光っているのです。

07(光るものは碍子
08 過ぎて行くものは赤い萓の穗)

列車の走り過ぎる動きにつれて、電信柱の白い碍子がきらっと光るようすは、賢治が好んで用いた鉄道の描写です。次の例は、横黒線(現・北上線)⇒:

「電信柱の瀬戸の碍子が、きらっと光ったり、青く葉をゆすりながら楊がだんだんめぐったり、汽車は丁度黒沢尻の町をはなれて、まっすぐに西の方へ走りました。」
(散文『化物丁場』)

そこで、もういちど最初から読んでみますと:

01おい、銅線をつかつたな
02とんぼのからだの銅線をつかひ出したな
03 はんのき、はんのき
04 交錯光亂轉
05氣圏日本では
06たうたう電線に銅をつかひ出した
07(光るものは碍子
08 過ぎて行くものは赤い萓の穗)

「気圏」を飛び回る赤トンボを指して「銅線」と言っているのか、線路沿いの電信線を指して「とんぼのからだの銅線」でできていると言っているのか、よくわからないところがあります。

そればかりか、「赤い萓の穗」も、赤銅色の細い線で、「銅線」でできているようです。

そして、「碍子」が親しげに、きらっと光ります。

ここには、きれいな銅の電信線に彩られながら、北上の田園風景の中を力強く疾駆する機関車、果てしなく延びて行く鉄道線路──当時の近代科学技術と工業化への憧れと期待が感じられないでしょうか?‥

賢治の「イーハトーヴ」は、単なる自然一辺倒ではなくて、そうした科学技術と近代化によって支えられていこうとする世界なのだと思います。

それが、「気圏日本」と、‥やや、はにかみまじりに‥賢治が愛称する故郷だったのだと思います。


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