ゆらぐ蜉蝣文字


第5章 東岩手火山
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5.3.22


. 春と修羅・初版本

131残りの一つの提灯は
132一升のところに停つてゐる
133それはきつと河村慶助が
134外套の袖にぼんやり手を引つ込めてゐる

「一升のところ」は、さきほどの《一升目》石標が立っている処です:画像ファイル:岩手山

「河村慶助」は、ひっこみがちで、物思いにふける少年なのでしょう。賢治は、生徒ひとりひとりの個性によく気づいていると思います。

《不動平小屋》から出てきたのは4人★。そのうち、藤原健太郎、小田島治衛、宮澤貫一(あとで151行目に名前が出ます)の3人は《御鉢》火口原へ下りて行き、河村慶助は、さっき賢治が気象と星座の話をした一升石標のところに、そのままいます。

★(注) 河村慶助は、24年3月卒業の川村慶助。彼だけ、ほかの3名より1級下なので、行動をともにしていないのだと思われます。宮澤貫一は賢治の親戚ですが、この年10月に中退、盛岡工専へ転校しています。なお、『証言 宮沢賢治先生』,pp.318-319.では、‘もうひとりの参加生徒’T氏が体験談を語っていますが、なぜこの人の名前が詩に出て来ないのかは不明です。

135《御室の方の火ロへでもお入りなさい
136噴火口へでも入つてごらんなさい
137硫黄のつぶは拾へないでせうが》
138斯[こ]んなによく聲がとヾくのは
139メガホーンもしかけてあるのだ
140しばらく躊躇してゐるやうだ
141 《先生 中さ入つてもいがべすか》
142《えヽ、おはいりなさい 大丈夫です》
143提灯が三つ沈んでしまふ
144そのでこぼこのまつ黒の線
145すこしのかなしさ

135行目以下は、火口原へ下りて行った3人に呼びかけているのです。円形競技場のような地形になっているので、外輪山の上と火口原との間でも、よく声が届きます。

139行目は、【新聞発表形】では:

139天にはメガホーンもしかけてあるのだ

で、まだ《異世界》の余韻がありました。

「躊躇してゐる」(140行目)のは、《御室》まで行った3人です。噴火口の中へ入ってもいいかと、賢治に訊いています。
この時代には、《御室》噴火口は活動していなかったので、安全でした。

「でこぼこのまつ黒の線」は、噴火口の輪郭でしょう。あるいは、これは作者の幻視で、じっさいには真っ暗で、“白い盛り上がり”と提灯の光以外は、何も見えないのかもしれません。

3人の提灯が隠れたのは、噴火口の中へ入って行ったため。【新聞発表形】では、↓次のようになっていました:

143提灯が三つ沈んでしまふ
143ふつとかくれる
144そのでこぼこのまつ黒の線
145すこしかなしい
.
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