ゆらぐ蜉蝣文字


第5章 東岩手火山
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5.3.20


さて、

. 春と修羅・初版本

122 さうだ、オリオンの右肩から
123 ほんたうに鋼青の壮麗が
124 ふるえて私にやつて來る

「オリオンの右肩」は、草下氏も考察しておられるように、オリオン座の向かって左、つまり、この日の空で言うと、ちょうど日が昇る東の空を指しているのだと思います。

星座に重ねられる巨人オリオンの姿は、右手で棍棒を振り上げています。α星(ベテルギウス)は、棍棒の先ではなく、ちょうど「右肩」の位置になります:画像ファイル:オリオン

そして、この日時の星空では、オリオンは30°くらい右に(向かって左に)傾いていますから、「オリオンの右肩」が、東の地平線を指すような位置関係になると思います:画像ファイル:1922年9月18日の星空

「巨人猟師オリオンの右肩(つまりベテルギウス)の処、つまり星座の東方、東の地平から薄明穹が湧き上がってきて次第に拡ってゆく様を表現したものと考える方が、より妥当であると私は考えている。」
(op.cit.,p.75)

しかし、

「壮麗が/ふるえて‥やつて來る」

という表現は、もう少し説明が必要なように思います。

さきほど、英語版ウィキの引用を訳していて思ったのですが、この「ふるえ」は、英語の vibrant shade(冴えた色調) という言い回しからヒントを得た表現ではないでしょうか?

夜明けの兆しの薄明が「ふるえて‥やつて來る」──と、文字どおりに理解すべきなのですが、
その「ふるえ」とは、ぶるぶる震える感じではなくて、心が共鳴してしまうほど冴えわたった情景なのだと思います。

. 春と修羅・初版本

125三つの提灯は夢の火口原の
126白いとこまで降りてゐる
127《雪ですか、雪ぢやないでせう》
128困つたやうに返事してゐるのは
129雪でなく、仙人草のくさむらなのだ
130さうでなければ高陵土(カオリンゲル)

さきほど作者に質問していた生徒たちのうち3人は、提灯を持って、《御鉢》火口の中へ降りて行きます。
「白いとこ」は、外輪山の上からは雪のように白く見えている《御室》火口の盛り上がりです。

「仙人草」は、野山・原野に多いつる草で、花期は8-9月。真っ白な4枚の花びらに見える萼片と、多数の白くて長いオシベが特徴です:画像ファイル:センニンソウ
園芸品種のクレマチスは近縁。クレマチス(Clematis)とは、センニンソウ属の学名です。

センニンソウは高山植物ではなく、中腹以下の蔓草ですから、《御鉢》には生えていないはずです。

「カオリン」は“白陶土”。火成岩に含まれる鉱物の“長石”が風化してできた白い粘土です:画像ファイル:カオリン

しかし、《御鉢》火口は、まだできて日が浅く、風化は進んでいないので、カオリンは無いと思われます。

カオリン「ゲル」と言っているのは、白陶土を含んだ泥、あるいは粘土という意味でしょう。「ゲル」とは、固体状のコロイドのこと。



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