ゆらぐ蜉蝣文字


第5章 東岩手火山
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5.3.19


. 春と修羅・初版本

122 さうだ、オリオンの右肩から
123 ほんたうに鋼青の壮麗が
124 ふるえて私にやつて來る

ここで、作者は、ごく短時間ですが《異世界》の《心象》に浸っているようです。

「鋼青(こうせい)」は、宮沢賢治が好んだ夜明け・夕暮れの空の色ですが、“鋼青色(steel blue)”という言葉は賢治の発明ではありません。昔からある色名なんだそうですw なんと‥コンピューター・ディスプレーで一般的な X11 color names のひとつだって!!

まず、一般的な“鋼青色(steel blue)”を見ていただきましょう:画像ファイル:鋼青色

灰色がかった薄青といえばいいでしょうか。

Steel-Blue Whidah(ルリホウオウ)は、アフリカにいるスズメ目テンニンチョウ科の小鳥で、たしかに、背の羽の色がスティール・ブルーです。

英語版ウィキの説明を見ますと(日本語版には、この色の項目はありません):

「スティール・ブルーは、ブルー(青)の一色調で、ブルー・スティール、すなわち、錆止めのためにブルーイングをほどこした鋼(はがね)に似た色である。ブルー(青)の沈んだ色調のひとつ。通常は、青灰色に等しいとされる。」

↑文中の「ブルーイング(bluing)」ですが、調べてみると、鋼の表面に“黒さび”(四三酸化鉄皮膜)を付ける処理のようです。

黒さび処理をした鉄は、黒いですよねw‥青くは見えないと思うんですが‥‥英語を使っていると、黒いものが青く見えるようになるんですかね??www

そういうわけで、なぜ“スティール(はがね)”なのかは、いまいち納得できませんが、“鋼青色”とは、↑上のような・沈んだ水色です。

そこで、次に、宮沢賢治の好んだ“鋼青の空”とは、どんな色なのかですが、草下英明氏の解説を引用しますと:

「先年、花巻を訪れた際、湖の底のように静まりかえった夕暮の空を清六氏が指さされて、『これが鋼青の空ですよ』と教えて下さったのを覚えている。してみると鋼青の空とは完全に暗黒の夜空ではなくて、幾分かの薄明光を持つ日没直後、または夜明け直前の空であるらしい。そしてそれは鋼の切り口、青光りのする黒ずんだ白色(では灰色のような色かといわれるかも知れないがそんな沈んだ感じではなく、もっと冴えかえった色である)といった感じである。」
(『宮澤賢治と星』,p.74)

賢治と身近に接した人でないと、なかなかその微妙な感覚を会得できないのかもしれません。
「日没直後」、つまり、夕焼けの赤みが消えた直後ということでしょうから、かなり暗い空ではないかと思います。暗い、藍色に近いほど暗い、にもかかわらず「冴えかえった色」という点が、この感覚の本質かもしれません。

この点で参考になるのは、『銀河鉄道の夜』(最終形)で、ジョバンニが“天気輪の丘”から銀河の旅へ出発する場面です:

「  銀河ステーション

 そしてジョバンニはすぐうしろの天気輪の柱がいつかぼんやりした三角標の形になって、しばらく蛍のやうに、ぺかぺか消えたりともったりしてゐるのを見ました。それはだんだんはっきりして、たうたうりんとうごかないやうになり、濃い鋼青のそらの野原にたちました。いま新らしく灼いたばかりの青い鋼の板のような、そらの野原に、まっすぐにすきっと立ったのです。」

. 『銀河鉄道の夜』《初期形V》より←こちらは、先駆形テキストですが、「濃い鋼青のそらの野原」は同じです。

↑ここから解ることは、「鋼青」は、濃い色だということ、そして、「新らしく灼いたばかりの青い鋼の板」という表現です。

鋼(はがね)の板を火にかざして焼くと、何色になるでしょうか?‥たとえば、鉄の包丁(ステンレス製の包丁はダメです)‥なければ、鉄釘でもよい。ただし、やけどしないように、はさむ道具を用意してください。

はじめは、四三酸化鉄(Fe3O4: 黒さび)の薄い皮膜ができて、虹色に輝きます。光のかげんで青っぽくも見えるでしょう。

そのままどんどん焼いてから放冷すると、包丁の表面は、真っ黒になります。

これが“bluing”です。

つまり、「新らしく灼いたばかりの青い鋼」とは、“黒さび”が、うすく付いた状態、‥したがって、青と言っても、かなり黒に近いでしょう。ただし、虹のような強い光沢があります。

そこで、ギトンなりに想像した“鋼青”の色調を、Eブック『春と修羅』の背景色にしてみたのですが、どうでしょうか?‥:⇒春と修羅・初版本
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