ゆらぐ蜉蝣文字


第4章 グランド電柱
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4.15.2


. 春と修羅・初版本

04花巻グランド電柱の
05百の碍子にあつまる雀

「花巻グランド電柱」は、「花巻大三叉路」に立ち並ぶ大型の電柱。

「花巻大三叉路」と賢治が呼んでいるのは、豊沢川の南にある奥州街道と旧奥州街道(向小路)が分岐するY字路のことだそうです:画像ファイル:花巻大三叉路 空写地図:花巻大三叉路

地元で、そういう呼び方があったのか、それとも賢治の勝手なネーミングなのか、分かりませんが、たしかに、当時は花巻周辺でもっとも重要な三叉路だったでしょうし、宮澤賢治の実家からも近いので、この交差点のことだと思ってまちがえないでしょう。

現在では、北上川寄りに市街地を迂回するバイパスができて、バイパスのほうが国道(奥州街道)になっていますから、このY字路も、現在では四叉路です。それでも、“グランド電柱”は、ちゃんとありますねw

当時は、奥州街道に沿って高圧送電線の高い電柱が並んでいたそうです。これが賢治の言う「花巻グランド電柱」です。幹線の送電線ならば、ひとつの電柱に2〜3段の横木と10個前後の碍子が付いていたでしょうから、立ち並ぶ電柱に付いている碍子の数を合計すれば、「百の碍子」は誇張ではないのです☆

☆(注) 当時の電柱については:画像ファイル:電信柱の腕木は‥

06掠奪のために田にはいり
07うるうるうるうると飛び

したたかな雀たちの行動が描かれていますが、
これをあえて社会風刺とまで考える必要はないと思います。

例えば、収穫前の稲田に「掠奪のためにはい」る、ということから、農民に高利の金を貸し付けて青田買いをする商人などが考えられなくもありません。じっさい、当時は、こうした商人に前借りして買い叩かれた上に、じっさいの収穫が予想より悪くて借金を抱える結果となる農民が多かったのです。

しかし、

07うるうるうるうると飛び

という描き方は、むしろスズメに同情を向けているように思われます。
この作品は風刺のために書かれたものではないと思うのです。

この約1年後に書かれた「火薬と紙幣(1923.9.10.[9.30.?])」でも、「グランド電柱」と同じように、電線から飛び立って稲田を狙うスズメの群れが描かれていますが:

. 春と修羅・初版本

10鳥はまた一つまみ、空からばら撒かれ
 〔…〕
13ギリヤークの電線にあつまる
14 赤い碍子のうへにゐる
15 そのきのどくなすヾめども
16 口笛を吹きまた新らしい濃い空気を吸へば
17 たれでもみんなきのどくになる

と、この場合はひじょうにはっきりと、スズメを気の毒がって描いています。

作者が、スズメを「きのどく」だと思う理由は、いまひとつはっきりしませんが、
わがもの顔に略奪するわけでもなく、人に追い払われたり、雨に降られたりする隙をねらって、すばやく穂をついばんで行くようすが「きのどく」なのだと、単純に受け取ってよいのではないでしょうか。

. 春と修羅・初版本

08雲と雨とのひかりのなかを
09すばやく花巻大三又路(だいさんさろ)の
10百の碍子にもどる雀

スズメが飛んでいるということは、今じっさいに雨が降っているわけではないと思います。
8行目は、低い雲と地上とのあいだに差している、いまにも雨が降りそうな薄暗い陽の光でしょう。


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