ゆらぐ蜉蝣文字


第4章 グランド電柱
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4.1.3


「苹果酒(りんごしゅ)」に「サイダー」というルビがふってあります。いま、リンゴ酒は、コンビニか酒屋へ行けば、“シードル”という名前で売っています。甘くてアルコール度の低い発泡酒、お酒というより清涼飲料水です。もともと“シードル”と“サイダー”は同じ言葉ですが、日本では、シロップの入ったノンアルコールの炭酸水を“サイダー”と呼び慣わしています。

宮澤賢治の時代も同じで、ラムネのようなシロップ入り炭酸水を“サイダー”と言っていました。当時は、アイスクリームと同じような贅沢グルメで、教師時代の賢治は、花巻の蕎麦屋で、天ぷらそばと“サイダー”のセットを食べるのが趣味だったそうです。もちろん、独身の給料取りという・当時の地方では人も羨む“身分”だったからできたことですが。

しかし、ここの「サイダー」は、「苹果酒」という漢字が使ってありますから、本物のシードルをイメージしたほうがよいと思います。
夕方とは言っても、まだ空は明るくて、夕日の色にはなっていません。昼間よりは気温が下がって清々しい初夏の夕方ですが、りんご酒のようにさわやかな空気に満ちています。

「砂利は北上山地製」:鉄道の線路に敷いてある砂利でしょう。
3年前に新設された駅なので、砂利もまだ新しいのです。

北上山地から採って来た砂利という意味ですが、賢治にとって北上山地は《蛇紋岩山地》です。つまり、蛇紋岩のような黒〜緑色の砂利なのです:画像ファイル:蛇紋岩 画像ファイル:蛇紋岩

. 厨川停車場

01(もうすっかり夕方ですね。)
   〔…〕
04(ぢゃ、さよなら。)
05砂利は北上山地製、
06(あ、僕、車の中ヘマント忘れた。
07 すっかりはなしこんでゐて。)

08(あれは有名な社会主義者だよ。
09 何回か東京で引っぱられた。)
10髪はきれいに分け、
11まだはたち前なのに、
12三十にも見えるあの老けやうとネクタイの鼠縞。
 
13(えゝと、済みませんがね、
14 ほろぼろの朱子のマント、
15 あの汽車へ忘れたんですが。)
16(何ばん目の車です。)……
17 (二等の前の車だけぁな。)

 


会話にはト書きがありませんから、人物関係は推理するほかはありません。

01(もうすっかり夕方ですね。)

 と

04(ぢゃ、さよなら。)

は、汽車から降りて来た乗客どうしの会話と見ていいでしょう。一方は作者かもしれませんし、2人とも、作者の知らない乗客かもしれません。

2-3行目に夕方の空のようす、5行目に線路の砂利が出ていますから、屋根のないプラットホームの上でしょう。

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