ゆらぐ蜉蝣文字


第4章 グランド電柱
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《F》 続・小岩井農場


【39】 風景観察官




4.7.1


「風景観察官」は、6月25日(日曜日)付ですが、
その次に、6月27日(火曜日)付が4篇並んでいます:

 「岩手山」
 「高原」
 「印象」
 「高級の霧」

最初に考察しておきたいのは、「風景観察官」と27日付の4篇との関係、また、これらのスケッチをした場所です:

. 春と修羅・初版本

01あの林は
02あんまり[緑]青(ろくせう)を盛り過ぎたのだ
03それでも自然ならしかたないが
04また多少プウルキインの現象にもよるやうだが
05も少しそらから橙黄線(たうわうせん)を送つてもらふやうにしたら
06どうだらう

07ああ何といふいい精神だ
08株式取引所や議事堂でばかり
09フロツクコートは着られるものでない
10むしろこんな黄水晶(シトリン)の夕方に
11まつ青(さ)おな稲の槍の間で
12ホルスタインの群(ぐん)を指導するとき
13よく適合し効果もある
14何といふいい精神だらう
15たとへそれが羊羹いろでぼろぼろで
16あるひはすこし暑くもあらうが
17あんなまじめな直立や
18風景のなかの敬虔な人間を
19わたくしはいままで見たことがない

このスケッチは、風景の色について述べている6行目までの前半と、7行目以下の「フロックコート」の農夫について述べた後半部分に分かれます。

前半は、「風景観察官」という題名のとおり、風景を観察して報告しているようす……あるいは、「橙黄線を送つてもらふやうにしたら/どうだらう」などと、指示というか通信というか‥、大空の色を掌っている部署に連絡して調整してほしいと言わんばかりです…

後半は、夕方の風景の中で「ホルスタイン[乳牛]の群」を放牧(?)している「羊羹いろ」の古い外套を着た農夫に集中しています。

「黄水晶(シトリン)」は、「霧とマッチ」と「青い槍の葉」にも出ていましたが、黄色い水晶で、非常に薄い黄色、ほとんど透明に近い色です:画像ファイル・シトリン 画像ファイル・シトリン

この場所は、どこなのでしょうか?
日曜日ですから、どこかに出かけたことは考えられます。

12行目の「ホルスタイン」は、牛の品種で、日本には明治時代の中頃に導入されてから、もっぱら乳牛として飼育されています:画像ファイル・ホルスタイン品種

乳牛といえばホルスタイン、ホルスタインといえば乳牛ですw

ところで、ちょっと気になるのは、当時花巻の近くで、乳牛を何頭も(「ホルスタインの群」と書いてあります)飼う農家があったのだろうかという疑問です。日本では酪農は生乳の供給が中心でしたから、大きな都会の近くでなければ成り立ちませんでした。
小岩井農場や、北海道の農場のように、チーズやバターを造る加工工場がある場所ならば、生乳以外にも需要があったと思いますが、花巻に乳製品工場があったという話は見たことがありません。

もっとも、『新校本全集』に載っている当時(1921年ころ)の「町並図」を見ますと、宮澤賢治の自宅から近い豊沢川畔に、「牛乳(中村)」と書かれた家があります(第16巻(下)「補遺・伝記資料篇」,pp.197,206)

これは、『銀河鉄道の夜』でジョバンニが牛乳をもらいに行く“牧場”のような、生乳を売っている酪農家の家ではないでしょうか‥:『銀河鉄道の夜』《白い牧場の柵》

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