ゆらぐ蜉蝣文字


第4章 グランド電柱
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4.6.3


むかしの中国の漢詩:絶句や律詩などは、もともと遠地に派遣された官吏が、都の同僚に宛てた報告的な通信、あるいは、派遣官吏を送り出す同僚の餞の言葉だったと聞いたことがあります:

「葡萄の美酒 夜光の杯
 飲まんと欲すれば琵琶馬上に催す

 酔いて沙上に臥すとも君笑う莫れ
 古来征戦 幾人か回(かえ)る」
(王翰「涼州詞」)

「渭城の朝雨 軽塵をシ邑(うるお)し
 客舎青青 柳色新たなり

 君に勧む更に尽せ一杯の酒
 西のかた陽関を出づれば故人無からん」
(王維「元二の安西に使いするを送る」)

↑有名すぎるので現代語訳は出しませんが、感じは読み取っていただけると思います。

そういうわけで、宮沢賢治の詩は、どこか近代詩らしくない、先祖返りしているようなところがあって、面白いのです。

「報告」で、もうひとつ注目したいのは、この詩の一種とぼけた感じです。

火事と虹を見間違えるなどということが、ほんとうにあるんだろうか、と思ってしまいますが‥

ちょっと待ってください‥‥

地球の大気現象を知らない宇宙人に、火事と虹の違いは何かと聞かれたら、困るかもしれませんよw

‥虹だって赤いじゃないか

‥化学工場の火事ならいろんな色が見える

‥虹は燃えてないってどうして解るんだ?!

‥‥けっきょく、いちばん間違えのない答えは、火事の炎は常に動き続けるが、虹は「りんと張って」動かない──ということでしょうと。

賢治の書いたものを読んでいると、ときどき、宇宙人と会話しているような困惑を覚えるのですw

あるいは。。。 ギトンは、この詩を読むと、
人間界の“報告”というより、虫か小動物の世界でのやりとりのような感じがします:

. 春と修羅・初版本

01さつき火事だとさわぎましたのは虹でございました
02もう一時間もつづいてりんと張つて居ります

虹が「張る」という表現が、そう思わせるのかもしれません。
西洋の言葉では、“虹”を、“空の弓”とか“雨の弓”と言います☆。つまり、空高くに張られたものなのです。

☆(注) arc en ciel(仏)、rainbow(英)、Regenbogen(独)。

草むらの中にいる虫の目から見れば、虹は、野焼きか山火事のように見えるかもしれません。


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ピエール=クロード=フランソワ・ドロルム「サッフォーとファオン」

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