ゆらぐ蜉蝣文字


第4章 グランド電柱
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4.5.5


. 春と修羅・初版本

26 (ゆれるゆれるやなぎはゆれる)
27雲がちぎれてまた夜があけて
28そらは黄水晶(シトリン)ひでりあめ
29風に霧ふくぶりきのやなぎ
30くもにしらしらそのやなぎ

「黄水晶(シトリン)」は、微量の鉄分を不純物として含むために黄色味のついた水晶です。琥珀などより色は薄くて透明に近く、また硬度があります:画像ファイル:シトリン

28行目以下は翌日。
朝から空は黄水晶のような不気味な色をしています。細かい雨が降りますが、時々陽も射して日照り雨です。

硬い葉をパリパリと鳴らす「ブリキのやなぎ」に風が当たると、ヤナギは霧のように水しぶきを吹き上げます。雲の動きに合わせるかのように、ヤナギは葉裏を風に翻して白々と光ります。

31 (ゆれるゆれるやなぎはゆれる)
32りんと立て立て青い槍の葉
33そらはエレキのしろい網
34かげとひかりの六月の底
35氣圏日本の青野原
36 (ゆれるゆれるやなぎはゆれる)

細かい雨が降り注いでいるあいだも、垂れこめた雲の切れ目からは、日射しが漏れて来ます。
雨と日光の明暗が交錯し、大気は、空中放電の「しろい網」に覆われています☆

☆(注) もし空中放電があれば、稲妻のようにつんざくはずですが、これは、実験室での光景、あるいは、想像上のSF的な空です。

その下で、稲の尖った葉は、水と光を吸収してますます「りんと立」っているのです。

こうして、列島の大気圏は、青く伸び上がる稲草の大湿原を蔽い、雨季に突入しようとしているのです。

最後の雨の日の光景は、やや現実離れしているかもしれませんが、この稲作讃歌を締めくくるには、ちょうどよいのではないでしょうか。


  



さて、この「青い槍の葉」は、『天業民報』掲載時には「挿秧歌」という副題がついていました。弟・清六氏は、「田植え歌」と呼んでいました。“挿秧”は、田植えのことです。
稗貫農学校(のち花巻農学校)で、宮沢賢治は、実習田での田植えの際に、生徒たちにこの唄を歌わせていたそうです。戦後になって、教え子の人たちが記憶で口唱し採譜された際にも、得られた楽譜には、ほとんど異同が無かったそうですから、在学中は相当頻繁に唄っていたと思われるのです。

まずは、『宮沢賢治の詩の世界』で披露しておられるボカロを聴いてみたいと思います:宮沢賢治の詩の世界:青い槍の葉 ミディ音源:青い槍の葉(チンドン屋版)

↑原曲が見当たらないところをみると、ふしは賢治作曲のようです。

“戦前歌謡曲”のような古めかしい感じがするかもしれませんが‥、しかし、よく聴いてみてください。。。 いわゆる“四七抜き音階”★ではありません。シもファも、ちゃんとあります!
この点からも、当時の歌謡曲や民謡の替え歌ではなく、宮沢賢治の作曲したものだと、ギトンは思うのです。

★(注) “ヨナ(47)抜き音階”“ニロ(26)抜き音階”とは、西洋音楽の長音階、短音階から「シ」と「ファ」の抜けた日本の音階。民謡のほか、明治以後の唱歌、童謡、演歌からフォークソング、アイドル・ポップスまで、日本の歌の多くが、この音階で歌われる。たとえば、「木綿のハンカチーフ」(太田裕美)、「恋するフォーチュンクッキー」(AKB48)。

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