ゆらぐ蜉蝣文字


第4章 グランド電柱
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【36】 芝 生





4.4.1


「芝生」は、1922年6月7日(水曜日)付、「林と思想」「霧とマッチ」の日曜から3日後、
場所は、稗貫農学校の校庭か、近くの城址の上(天守閣跡)の草原でしょう。

時間は真昼のようです:

. 春と修羅・初版本

01風とひのきのひるすぎに
02小田中はのびあがり
03あらんかぎり手をのばし
04灰いろのゴムのまり、光の標本を
05受けかねてぽろつとおとす

 


このスケッチにもヒノキが出ています。ヒノキは、初夏の風や「青いポプラ」とセットになって出てくるところをみると、はつらつと元気のよいイメージのようです。

もっとも、賢治詩に登場する景物(じつは感情を備えた‘登場人物’)は、一見明るいものも、陰影を持っています:

□アルゴンの、かゞやくそらに悪(わる)ひ[のき]、
 み[だ]れみだれていとゞ恐ろし

□雪降れば昨日のひるの 悪(あく)ひのき
 菩薩すがたに すくと 立つかな   
(雑誌発表短歌 #44,#46: 『あざりあ』第1号)

「くろひのき月光澱む雲きれに、うかゞひよりて何か企つ」
(歌稿A #438)

「年若きひのきゆらげば日もうたひ碧きそらよりふれる綿雪」
(歌稿A #443)

「ひのき\/まことになれはいきものかわれとはふかきえにしあるらし」
(歌稿A #446)

「ひるのつめたいうつろのなかに
 あめそゝぎ出でひのきはみだるる」
(『冬のスケッチ』,43葉,§2)

「ひのきもしんと天に立つころ」
(春と修羅)

「ぬれるのはすぎなやすいば、
 ひのきの髪は延び過ぎました。」
(手簡)

「夜風とどろきひのきはみだれ」
(原体剣舞連)

「ひのきのひらめく六月に
 おまへが刻んだその線は
 やがてどんな重荷になつて
 おまへに男らしい償ひを強ひるかわからない」
(雲とはんのき)

ヒノキは、1〜4月頃は古い葉が紅葉して赤っぽくなり、6月頃には新葉が萌え出て若々しい薄緑になります。

作者は、「深き縁(えにし)あるらし」と言うほどヒノキには愛着を持っていたのですが、それだけに、
「雲とはんのき」の引用↑のように、6月の「ひらめく」ヒノキも、何かえたいの知れない恐ろしい想念の背景となることがあるようです。

さて、「芝生」という題名から‥、

軟らかい芝生か草原の上で、ボール投げをしているのでしょう。「小田中」は、生徒の一人と思われます。

投げられたボールが高く上がってしまったので、背伸びして跳び上がって取ろうとしています。

高く上がったボールは、日の影になって灰いろになり、また、光ってよく見えなくなり、「光の標本」のようです。

初夏のまぶしい陽射しとすがすがしい風の中で、肢体をせいいっぱいに開いた少年の気持ち良い姿に感動した作品だと思います。

「光の標本」となって輝く灰色のゴムが、「ぽろっと」落ちるようすも、
少年の身体の動きと交錯して、昼の光に満ちた動画を作り出しています。

この作品は、少年のエロスを表現しています。


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