ゆらぐ蜉蝣文字


第4章 グランド電柱
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【35】 霧とマッチ





4.3.1


「林と思想」につづいて、同じ1922年6月4日(日曜日)付、時間も同じ明けがた、引き続いて同じ場所でのスケッチと思われます:

. 春と修羅・初版本

  霧とマッチ
01(まちはづれのひのきと青いポプラ)
02霧のなかからにはかにあかく燃えたのは
03しゆつと擦られたマツチだけれども
04ずゐぶん擴大されてゐる
05スヰヂツシ安全マツチだけれども
06よほど酸素が多いのだ
07(明方の霧のなかの電燈は
08まめいろで匂もいヽし
09小學校長をたかぶつて散歩することは
10まことにつつましく見える)

 

2行目「にはかに」:俄かに、急に。

「スヰヂツシ」は Swedish(英語:スウェーデンの)。スウェーデン製のマッチ。

「まるめろ」は、カリンに似た果物:画像ファイル:まるめろ

ヒノキも、賢治お気に入りの春〜初夏の樹木です。

まだ暗い明け方の花巻で、霧が立ち込めています。

「にはかにあかく燃えたのは」という言い方は、作者自身の擦ったマッチではなく、他人、‥おそらく同行者だと思われます。

作者と同行していた同僚か友人が、たぶん、煙草に火をつけるためにマッチを擦った。。。

暗い霧の中で急に炎が立ったので、マッチの火にしては大きく見えたのです。
そのようすを:

06よほど酸素が多いのだ

と言っているのだと思います。

↑この行は、突然現れた火の明るさと同時に、明け方の冷たい爽快感を表現しています。

街路灯でしょうか、「電燈」も点っていますが、やはり霧の中でぼんやりと光っています。
電灯が「まるめろ」だというのは、黄いろい色のほかに、霧でくぐもった明かりが、綿毛のついたマルメロの果皮を連想させるのかもしれません。

電灯の光が、マルメロのように・よい匂いがすると言っていますが、
これは、視覚表現では伝えられない・爽やかで、しかもぼんやりとした明かりの姿を、巧みに表現しえていると思います☆。

☆(注) このような賢治詩の表現を、《共感覚》として理解する人もいます。《共感覚》は、誰しも多少は経験しますが、常に誰にでもあるものではないと思います。賢治は、常に《共感覚》を持っていた、つまり、じっさいに、電灯の光の“匂い”を鼻で感じていたのだ──と考える必要はないでしょう。むしろ、表現力に限界のある日常の言葉を利用して、より広くさまざまな現象や感覚を表現しようとした《心象スケッチ》の詩的表現方法と見るべきではないでしょうか。

以上のようなマッチの火と街路灯の光の状態から、時刻は夜明けまもなくで、まだ暗い昧爽の時刻と判ります。

靄が立ちこめています。

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