ゆらぐ蜉蝣文字


第3章 小岩井農場
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3.6.2


「四階建倉庫」は、小岩井小学校と耕耘部事務所の間に建っている木造の倉庫で、1919年にトタン葺きに改装されました:写真 (ロ) 画像ファイル・四階建倉庫

この1922年頃は、まだトタン屋根はピカピカで、2階以上の四方のガラス窓とともに、朝日を受けて燃えるように光っていたといいます。昼間は岩手山頂からも、鏡のように日光を反射しているのがよく見えたそうです。

現在でも、当時と同じ建物が使われていますが、屋根は赤く塗られています。

この「四階建倉庫」は、主に穀物倉庫として使われていたようです。
賢治晩年の文語詩『塔中秘事』では、「脱穀塔」と呼んでいます:

   塔中秘事

@雪ふかきまぐさのはたけ、
A玉蜀黍(きみ)畑漂雪(フキ)は奔りて、

B丘裾の脱穀塔を、
Cぼうぼうとひらめき被ふ。

D歓喜天そらやよぎりし、
Eそが青き天(あめ)の窓より、

Fなにごとか女のわらひ、
G栗鼠のごと軋りふるへる。


☆(注) 『文語詩稿 一百篇』収録。なお、原文は縦書きで、 
@ A
B C
D E
F G
のように、2行ずつ縦に並べていますが、ここでは、携帯で見る人のことも考えて、上のように2行1連の形にしました。





雪っていうと、ふつうは清純なイメージでしょうけど、ふつうのイメージを変えて、奔放でエロチックな詩にしたのだと思います。

この文語詩については、FG行目の「女の笑ひ」を中心に解釈史がありまして★:

(1) 小倉豊文氏(『アメニモマケズ手帳の研究』で有名^^)が、

「農場に働く若い男女の『真昼の情事』である」

と評したのが最初で、

(2) これに対して、栗原敦氏は、「隠微なみだらなものとしてではなく」捉えようとし、象徴的・天上的な世界に読み変える筋道を示しました。

(3) 岡澤敏男氏は、(2)の観点を受け継ぎつつ、改作・推敲過程を丁寧に分析し、

「賢治の主題は『小岩井農場での事件』をスケッチすることにあったのではなく、『女のわらひ』に密着する自己の性欲(エロス)のスケッチにあった」

と結論しています。

★(注) 宮沢賢治研究会・編『宮沢賢治 文語詩の森 第3集』,2002,柏プラーノ,pp.124-131.

岡澤氏が「小岩井農場での事件」と言っているのは、「脱穀塔」(“四階建倉庫”つまり穀物倉庫のこと)の中から、セックスの‘よがり声’が聞こえたという作者の体験を、この作品の出発点に想定しているのだと思いますが、これは、全論者に共通しています。

しかし、“四階建倉庫”がなぜ「脱穀塔」になるのか?‥また、漂雪(フキ)が建物を「ぼうぼうと」おおうような激しい吹雪のけしきが、いったいエロスとどう結びつくのか?‥など、一見していろいろな疑問が湧いてきます。

そこで、上の完成形は、とりあえず用語解だけしておいた上で、下書稿◆の主なものを見ていくことにしたいと思います。

◆(注) 「塔中秘事」の下書稿には、【下書稿(1)】【下書稿(2)】【下書稿(3)】【下書稿(4)】【下書稿(5)】【下書稿(6)】【下書稿(7)】があり、それぞれ手入れ・加筆が加えられています。

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