ゆらぐ蜉蝣文字


第3章 小岩井農場
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【24】 小岩井農場・パート1




3.2.1


. 春と修羅・初版本

01わたくしはずゐぶんすばやく汽車からおりた
02そのために雲がぎらつとひかつたくらゐだ
03けれどももつとはやいひとはある
04化學の並川さんによく肖(に)たひとだ
05あのオリーブのせびろなどは
06そつくりをとなしい農學士だ

この「雲がぎらつとひかつた」については、なにか‥作者と自然の交感だ、うんぬん‥で、よく取り上げられるんですけどね‥ギトンには、ちっともそんな感じはしませんね‥w。

作者は、「ずゐぶんすばやく汽車からおりた/そのために」と、雲が光った理由をちゃんと書いているんです。暗い車内から明るいプラットホームにいきなり跳び出したから、めまいがして、雲の端が光って見えたのです。ちがいますか?‥w

むしろ、作者は列車の中で居眠りをしてて、発車の汽笛で目が覚めて慌てて飛び降りたって感じがするんですけどね?‥でなかったら、“おとなしそうな農学士”が先を歩いてるわけないですよね?

この長詩「小岩井農場」全体を、ベートーヴェンの第6シンフォニーから構想されたなどと言う人も多いのですがね‥‥、これまた、ギトンは、「田園」(あらゆる指揮者のを聴きましたがね‥)とは全然似てないと思います。「似ている」と言う人は、どこが似てるんだか、ちゃんと言ってほしいです。。。

しかし、母木光氏の↓つぎの指摘には、共感できる感じがします:

「詩『小岩井農場』は、〔…〕彼はこの五九八行かの長大な詩で、まったく新しい交響曲──詩によるシンフォニーを書こうとしたといわれます。〔…〕

 〔…〕氾濫し、殺到するものにせき立てられて必死の勢いで書きとばしたもの──スケッチというよりも、音譜そのもの、飛び交う音譜そのものになぞらえたいくらい、生命をふきあげて止まない大自然の、そうしてこれこそ青春の讃歌なのだと、私はすなおな気持でうけとめることができました。」
(儀府成一『人間宮澤賢治』,pp.21-22)

そこで、この「雲がぎらつとひかつた」は、交響曲の始まる部分ですから、適当な曲の出だしを思い浮かべればよいと思います。「田園」のように静かに始まる曲ではなくて、ギラッとするやつ‥

たとえば、グリークのピアノ協奏曲なんか、いかがでしょうか?‥:Edvard Grieg - Piano Concerto in A menor... Part01
Julia Fischer, piano. Junge Deutsche Philharmonie, Conductor: Matthias Pintscher.
ユリア・フィッシャー(ピアノ) 青年ドイツ・フィルハーモニー、マティアス・ピンチャー(指揮).

この長詩全体が、作者の指揮する“小岩井の自然”というオーケストラの演奏だとすれば、「雲がぎらつと」は、その開始のカデンツなのだと思います。作者は、そんな構想をもって、この作品を始めているわけです。。。

「化學の並川さん」は、草稿の《断片1》《断片2》では、「化学の古川さん」になっています。

古川仲右衛門(1878-1961)教授は、盛岡高等農林学校で、宮澤賢治の得業論文(卒業論文)を指導してくれた先生で、同校では、化学、土壌・肥料等を担当していました。学科主任の関豊太郎教授よりも10歳若く(1918年卒論提出時40歳)、賢治としては親しみの持てる先生だったのだと思います:画像ファイル・古川仲衛門

また、賢治は、↑その卒論で、酸性土壌の改良についても述べていますから、
《小岩井農場》訪問にあたって、5年前の卒論研究を思い出しているのは、偶然ではありません。

「並川さん」は、古川教授の実名を伏せたのでしょう。

05あのオリーブのせびろなどは
06そつくりをとなしい農學士だ

古川教授は、東京帝大農芸化学科卒ですから学位は農学士と思われます。古川教授に似た人なので、この人も農学士だろうと想像したわけです。「そっくり・おとなしい」は、容姿もしぐさも口調も何もかも“まるごとすべて”おとなしい、という意味でしょう。いかにも大学出のエリートらしく、お上品で静かな紳士なのです☆

☆(注) これと好対照なのが、東京帝大農学科卒の関教授で、機嫌が悪いと怒鳴り散らし、しばしば同僚を殴ったそうです。
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