ゆらぐ蜉蝣文字


第3章 小岩井農場
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3.5.25


. 春と修羅・初版本「パート4」

93大びらにまつすぐに進んで
94それでいけないといふのなら
95田舎ふうのダブルカラなど引き裂いてしまへ

「ダブルカラー」は、カッターシャツ(ワイシャツ)などの襟を、色の違う布で二重にした装飾です。

. 画像ファイル・ダブルカラー
↑「ダブルカラー」の2枚目の画像を見ていただくと、襟ボタンを3個つけています。このように「ダブルカラー」は、お洒落でフォーマルな感じを与えます。ノーネクタイで身だしなみを整えるには、よいのではないかと思います。

そこで、「田舎ふうのダブルカラ」とは何でしょうか?

…おそらく、本来のダブルカラー(二枚襟、または付け襟のシャツ)ではなくて、ノータイのワイシャツの襟をはだけて、上着の襟の外に出して重ねた着こなし☆のことではないでしょうか?
賢治は、ワイシャツの襟を黄色い作業服の襟の外に出して、気取って歩いていたのかもしれません★

☆(注) こういう着こなしを「襟乗せ」と云うそうです。ファッション性の高い服が増えた現在では、かえってだらしなく見えますがw しかし、このくらいのことが自分で気になって、「引き裂いてしまへ」とはねえ‥

★(注) 花巻農学校で宮澤賢治の同僚だった堀籠文之進氏(「小岩井農場」【下書稿】に、のちほど実名で登場します)によると、賢治は、この1922年3月頃から、「かたい感じがなくなっ」て「髪を伸ばしてポマードをつけたりし」ていたと言います(『新校本全集』第16巻(下)・年譜篇,p.236;第6巻・校異篇,pp.248f)。オシャレと言っても、賢治の場合はどれほどか判りませんが、‥ともかく、後世の私たちが見馴れたイガクリ頭の‘無欲質実’な写真は、どうやら“詐欺画像”のようです!w

ところで、

77 (空でひとむらの海綿白金がちぎれる)

から、上の独白の最後(88行目)までの部分は、じつは“清書”以後の書き加えでして、【下書稿】には無いのです。

. 3.5.17「パート4」後半の構成←こちらの構成表を、もういちど見てほしいのですが、

【下書稿】までのテキストでは、
スケッチ「さくらの幽霊」の(71-76行)から直接、独白「いまこそおれはさびしくない」(89-100行)へ飛んでいたのです。

77行目と、
独白「天のうつろのなかへ…つきすすみ…」
幻想:ジュラ紀・白亜紀の林底

は、無かったのです。

つまり、「白金海綿」や「氷片の懸吊」、また“恐竜の森”は、あとから、推敲のさいに創作された世界であるわけです。

しかし、
スケッチ「さくらの幽霊」の(71-76行)から独白「いまこそおれはさびしくない」(89-100行)へは、内容的に直接つながらない感じがしますから、
おそらく、その間には、《初版本》テキストになっている「氷片の懸吊」・“恐竜の森”とは違う思索があったのかもしれません。

とは言っても、この【下書稿】テキストの状態は、「さくらの幽霊」の意味について、ある示唆を与えます:

つまり、「さくらの幽霊」は、保阪嘉内、またはその周辺の賢治の交友領域と、何か関係があるのではないかと思われるのです。

この「聖なる地」下丸7号耕地の奥に見える4〜5本のサクラについて、菅原千恵子氏は、

「若木のようだった四人の仲間たちはむらきな四本の桜ではなかっただろうか。」

「それは桜の木になぞらえた『アザリア』の四人の仲間のことであり、目には見えていないが心には見えている四人のことである」

(『宮沢賢治の青春』pp.172-173)

と論じておられます。




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