ゆらぐ蜉蝣文字
□第3章 小岩井農場
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3.5.11
. 春と修羅・初版本
50(もつともそれなら暖炉もまつ赤だらうし
51 musco[v]ite も少しそつぽに灼けるだらうし
52 おれたちには見られないぜい澤だ)
「暖炉もまつ赤」「muscovite も少しそつぽに灼ける」は、「花火」の不倫男女の熱しやすく冷めやすい恋を皮肉っているのだと思います。「そつぽに灼ける」は、嫉妬を意味している感じです。
ともかく、そのような男女の浮いた恋愛は「おれたちには見られないぜい澤だ」と言うのです。「おれたち」とは、賢治と嘉内★を指すのでしょう。
★(注) 保阪嘉内については⇒いんとろ【8】たったひとりの恋人:保阪嘉内
もちろん、「ぜい澤」には、もうひとつの意味があります。賢治は、暖房もカイロもない農場の戸外で、吹雪の中を歩き回っているが、
白秋のほうは、暖炉でぬくぬくと暖まりながら、アイスクリーム(当時は非常な贅沢品!)をほおばって、睦事を楽しんでいるということです。
“雪の日に暖かい部屋でアイスクリームを食べる東京の詩人の贅沢な趣向は、東北の地吹雪を喜んで浴びる俺たちには全く無縁だ”と言いたいのです。
さて、ここで少し戻って、抜かしていた45行目を見ておきます:
42あのときはきらきらする雪の移動のなかを
43ひとはあぶなつかしいセレナーデを口笛に吹き
44往つたりきたりなんべんしたかわからない
45 (四列の茶いろな落葉松(らくやうしやう))
カラマツが「茶いろ」であることから、この( )付きの行も冬の情景のようです。
カラマツが4列並んで植えられている特徴のあるけしき☆なので、吹雪で見通しが利かない時には、よい目印になったのでしょう。
☆(注) 岡澤氏は、この4列のカラマツは、カラマツ・杉2段林(寒さに弱い杉苗を保護するため、先にカラマツを植えて生長させ、育ったカラマツの列の間に杉を植えるもの)のカラマツ列が4列見えていたものと推定しています。『賢治歩行詩考』,pp.61-62.
53春のヴアンダイクブラウン
54きれいにはたけは耕耘された
ヴァン・ダイク(van Dyck, 1599-1641)はバロック時代のフランドルの画家で、イタリア、イングランドで活動::画像ファイル・ヴァン・ダイク
油絵具の「ヴァンダイクブラウン」はヴァン・ダイクにちなんで名づけられた顔料で、腐植土(泥炭)から造られる。暖色調の赤褐色:ヴァンダイクブラウン ヴァンダイクブラウン(携帯)
55雲はけふも白金と白金黒(はくきんこく)
56そのまばゆい明暗のなかで
57ひ[ば]りはしきりに啼いてゐる
58 (雲の讃歌と日の軋り)
白金(プラチナ)は、白い光沢をもつ貴金属。
「白金黒」は、白金の微粉末で、色は真っ黒です。体積で110倍の水素,100倍の酸素を吸蔵するので,酸化還元触媒として、また、白金黒をメッキした白金黒電極として使われます:画像ファイル・白金/白金黒
「白金と白金黒」は、まばゆく輝く白い雲と、その陰の部分を言うのでしょう。
上空では、あいかわらず沢山のヒバリが囀っています。
58行目は“共感覚”です。雲と太陽の輝く強い光が、音として描写されているのです。
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