ゆらぐ蜉蝣文字


第3章 小岩井農場
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3.4.3


「好摩」は、東北本線(当時)と花輪線が分岐する地点。小岩井農場より北で、かなり離れています:地図・好摩

しかし、“ここはすでにかなり標高があるから、地形的には柳沢の続きであり、広い意味で好摩にあたる”などと、言い訳を考えていますねw:地図・柳沢

この年8月に書かれた散文『イギリス海岸』を見ると、賢治は当時、生徒たちにも、ずいぶんこみいった回りくどい説明をするくせがあったようです。たぶん、教師になったばかりで慣れないために、間違うのを恐れて、そんな口調になってしまうのだと思います。

さて、16行目から36行目までは、「鳥の声」の描写☆が続きます。「いつものとおり」の風景を確認し、“《心象》の底”の淀んだ澱に突き当たったあとで、突然、雨のように降りしきる鳥の声に取りまかれた驚きが、よほど大きかったのではないでしょうか。

☆(注) 賢治は鳥の種類を書いていませんが、岡澤氏も推定しておられるように、ムクドリだと思います。『賢治歩行詩考』,p.46.

長い引用になってしまいますが、とにかくまず通読する必要があると思います:

. 春と修羅・初版本

16どうしたのだこの鳥の聲は
17なんといふたくさんの鳥だ
18鳥の小學校にきたやうだ
19雨のやうだし湧いてるやうだ
20居る居る鳥がいつぱいにゐる
21なんといふ數だ 鳴く鳴く鳴く
22Rondo Capriccioso
23ぎゆつくぎゆつくぎゆつくぎゆつく
24あの木のしんにも一ぴきゐる
25禁獵區のためだ 飛びあがる
26  (禁獵區のためでない ぎゆつくぎゆつく)
27一ぴきでない ひとむれだ
28十疋以上だ 弧をつくる
29  (ぎゆつく ぎゆつく)
30三またの槍の穗 弧をつくる
31青びかり青びかり赤楊(はん)の木立
32のぼせるくらゐだこの鳥の聲
33  (その音がぼつとひくくなる
34   うしろになつてしまつたのだ
35   あるひはちゆういのりずむのため
36   両方ともだ とりのこゑ)
37木立がいつか並木になつた




この部分について、天沢退二郎氏は、↓次のように、たいへん低い評価を下しておられます──批評家が、主題として取り上げている作品について、わざわざ低い評価を書くことはめずらしいので、私たちは、かえってそこに、思わぬ鉱脈を発見できるのではないかと、期待してしまいますw:

「パート三は、この長詩の中で最も凡庸な部分である。入口をぬけた詩人は、雨のように湧くように降りかかる鳥の声をせっかく全身に浴びるのに──〔…〕これらの詩句は、あの降り来るもののナイーブな享受が詩人の奥底から引出すはずの沈黙の領域にふれるどころか、索漠とした表層の段階に空転するばかりである。」
(『「春と修羅」研究U』,pp.50-51)

「雨のように湧く鳥の声を記述してみても“魂が入らない”わけで、それは詩人の内部と何ら感応するものをもたぬまま、かれの背後へ『ぼっとひくくなる』ドップラー効果だけを残して消えてしまう。」

(同,pp.52-53)

天沢氏は、

「これらの詩句は〔…〕索漠とした表層の段階に空転するばかりである」

「詩人の内部と何ら感応するものをもたぬまま〔…〕消えてしまう」

と指摘していますが、
読んでみると、たしかに、平凡な繰り返しが多いように感じます。

よく見れば、まったく同じ語句が繰り返されているわけではないのです。繰り返すたびに言葉は、少しずつ変えているのに、
(いつもの賢治のように)繰り返される言葉の背後で高まってゆくもの、あるいは変化してゆくものが、見えないのです‥

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