ゆらぐ蜉蝣文字


第3章 小岩井農場
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3.10.14


スタインは、3体の天使像について、

「大きく、くっきりと見開かれた目の生気を帯びたさま、小さくすぼめた唇とわずかに鉤鼻になった表情」

「凝視とポーズの生き生きとした率直さ、輪郭の単純明瞭さ、短い羽ばたきする翼が優美に上向きに円を描いている、その際立った均等な表現に、クアトロヤントウ(十五世紀イタリア文芸復興初期)の特徴がうかがえるのだ。」

「この壁画がかもし出すこれほどまでの優美な容貌、すばらしく印象的なじっと見つめる様子」


などと絶賛しています。

じっさい、これらの天使像の表情は、‘子供のエンゼル’のものではなく、優美な中にも決然たる意志を表している青年のものです。おそらく、賢治も、有翼天使像を、東京国博の展示か写真図版で見て、この意志に満ちた鋭い目と、きっぱり結んだ唇に、強い印象を受けたのだと思います。

★(注) 『宮沢賢治と西域幻想』,pp.56-57 に引用されたスタイン『カセイ沙漠の廃墟』(第一巻)。

さて、『小岩井農場』「パート9」の【下書稿】を見ますと:

. 「小岩井農場・パート9」【下書稿】

「あなた方はけれどもまだよく見えません
 眼をつぶったらいゝのですか 眼をつぶると天河石です、又月長石です。
 おゝ何といふあなた方はきつい顔をしてゐるのです
 光って凛として怖いくらゐです。
 羅は透き うすく、そのひだはまっすぐに垂れ鈍い金いろ、
 瓔珞もかけてゐられる。
 あなた方はガンダーラ風ですね。
 タクラマカン砂漠の中の
 古い壁画に私はあなたに
 似た人を見ました。」

「あなた方」の服装は、『インドラの網』の「天の子供ら」とほとんど一致しています。

「天河石」は青緑色の鉱物。「月長石」は、鉱物の「長石」の中で、白色または薄青色の輝きを持つもの:画像ファイル:天河石、月長石

これらの鉱石のイメージは、『インドラの網』で:

. 『インドラの網』

「全く砂はもうまっ白に見えていました。湖は緑青よりももっと古びその青さは私の心臓まで冷たくしました。」

とあるのに対応します。

「パート9」【下書稿】の「あなた方」の「光って凛として怖いくらゐ」の表情は、『インドラの網』で:

「黒い厳めしい瞳」

「まっすぐに瞬[またたき]もなく私を見て」

「少しの顔色もうごかさずじっと私の瞳を見ながら」

と書かれている「天の子供ら」の表情に対応しています。

「パート9」【下書稿】で、「あなた方」が、透き通る羅(うすもの)を身にまとい、胸に瓔珞をかけているのも、『インドラの網』と同じです。

「ひだはまっすぐに垂れ」「あなたがたはガンダーラ風ですね」に対応して、『インドラの網』では:

「私は天の子供らのひだのつけやうからそのガンダーラ系統なのを知りました。」

と書かれています。

「タクラマカン砂漠の中の
 古い壁画に私はあなたに
 似た人を見ました。」
「パート9」【下書稿】

「またそのたしかに于闐大寺の廃趾から発掘された壁画の中の三人なことを知りました。」

『インドラの網』

これらも完全に対応しています。

すなわち、「パート9」の「ユリア」「ペムペル」らは、もともと、《ミーランの有翼天使像》から着想した“地上に堕ちて来た3人の天の子供たち”であったのです。

このことは、失われた「パート8」から発展した〔みあげた〕及び『インドラの網』との比較によって明らかです。

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