ゆらぐ蜉蝣文字
□第3章 小岩井農場
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. 「小岩井農場・パート9」【下書稿】
「ユリアが私の右に居る。私は間違ひなくユリアと呼ぶ。
ペムペルが私の左を行く。透明に見え又白く光って見える。
ツィーゲルは横へ外れてしまった。
【みんな透明なたましひだ。】
【大きく】[はっきり]眼をみひらいて歩いてゐる。」
そうすると、「ツィーゲル」は小菅健吉になります。小菅は、卒業と同時にアメリカへ留学したために、通信も稀になり、1926年に帰国するまでは、賢治たちの交友圏から離れていたようです。もともと性格が大人で、それほど深い付き合いではなかったようにも思われます。
「横へ外れてしまった」は、そのような事情で、見える場所には居ないことを言っているのであって、軽蔑や非難の意味は、含んでいないのではないでしょうか。
というのは、【下書稿】の最初の形では:
「ツィーゲルは横へ外れてしまった。
みんな透明なたましひだ。
大きく眼をみひらいて歩いてゐる。」
となっていて、「ツィーゲル」も含めて3人とも「透明な魂だ」「大きく眼を見開いて歩いてゐる」と言っているからです。
「ツィーゲル」は、ドイツ語だとすれば、
Ziegel: 煉瓦,かわら.
Zieger: 《方言》チーズ.
Zügel: 手綱; 統制,制御,規律.
が考えられます。
小菅は、《アザリア》創刊号の巻頭言を書いていますし、4人の中の“まとめ役”だったとすれば☆、Zügel: 規律 が、ふさわしいかなと思います。
☆(注) 宮澤賢治の死を保阪に知らせたのも、小菅でした。
【下書稿】を先へ続けます:
「【みんな透明なたましひだ。】
【大きく】[はっきり]眼をみひらいて歩いてゐる。
あなたがたははだしだ。
そして青黒いなめらかな鉱物の板の上を歩く。
[その板の底光りと滑らかさ。]
あなたがたの足はまっ白で光る。[介殻のやうです。]」
作者が《アザリアの仲間たち》と認めた“3人の幻影”は、「青黒いなめらかな鉱物の板」の上を、「まっ白で光る」「介殻のやう」な素足で歩いています。
この「鉱物の板」とは、「青森挽歌」の↓次の部分(165-171行)に描かれている、天上界の湖の水面ではないかと思います:
「そこに碧い寂かな湖水の面をのぞみ
あまりにもそのたひらかさとかがやきと
〔…〕
やがてはそれがおのづから研かれた
天のる璃の地面と知つてこヽろわななき」
「る璃」は、“瑠璃”、つまりラピスラズリ:画像ファイル・ラピスラズリ(瑠璃)
つまり、“3人の幻影”は、作者と並んで歩きながら、天上界の地面(水面)を踏んで歩いているのです。
その位置関係は、「右に居る」「左を行く」とは言っても、作者より高い空中を歩いているのかもしれません。‥いずれにしろ、作者の住んでいる人間世界と、「天の瑠璃の地面」がある天上界とが、例によって★、二重に重なって存在するのです。
★(注) 第1章の作品「春と修羅」では、これを、「すべて二重の風景」と述べていました:1.9.5:「春と修羅」“二重の風景”
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