ゆらぐ蜉蝣文字


第3章 小岩井農場
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【32】 小岩井農場・パート9






3.10.1


. 春と修羅・初版本「パート9」

01すきとほつてゆれてゐるのは
02さつきの剽悍な四本のさくら
03わたくしはそれを知つてゐるけれども
04眼にははつきり見てゐない

〔パート8〕となる区間を跳んだので、いま作者は、往路の「パート4」にあった4本の「さくらの幽霊」が見える場所まで来ています:⇒写真 (イ)→(z)→(y)

. 小岩井農場略図(1)←「さくらの幽霊」、つまり自然木のオオヤマザクラが咲いていたのは、「へ・3」林区でした。

いま作者の地点は、小岩井小学校と《四ツ森》の間、下丸8号耕地を隔てて「へ・3」林区を望んでいると思われます。

「眼にははつきり見てゐない」とありますが、この部分の【下書稿】を見てみますと:

. 「小岩井農場・パート9」【下書稿】

「さっきの[慓]悍なさくらどもだ
 向ふにすきとほって見えてゐる」

見えないわけではないが、幅の狭い林地の向こう側に生えているので、ほかの枯れ木の樹間越しにちらちら見えるということだと思います。

ところで、【下書稿】のこの原稿用紙の欄外には、天地逆に、次のようなメモが書かれています:

「※
 さっきのむら
 (桜)
 ユリアが私の」

「むら‥(桜)」と書いて抹消してあるのは、「むら気の桜」と書こうとしたのでしょうか。
ともかく、この「四本のさくら」は、内容的には、「ユリアが私の‥」で始まるパッセージに繋がっていることが分かります:

. 春と修羅・初版本

11ユリアがわたくしの左を行く
12大きな紺いろの瞳をりんと張つて
13ユリアがわたくしの左を行く
14ペムペルがわたくしの右にゐる
15……………はさつき横へ外それた
16あのから松の列のとこから横へ外れた」

「ユリア」が、一番最初に言及されたのは、第1章【16】「手簡」の《下書稿》においてでした:1.16.3:「手簡」“ユリア”

17おゝユリア、いま私は廊下へ出やうと思ひます。
18どうか十ぺんだけ一諸に往来[ゆきき]して下さい。
19その白びかりの巨きなすあしで
20あすこのつめたい板を
21私と一諸にふんで下さい。

「手簡」で作者が「おゝユリア」と呼びかけている相手は、この1922年5月12日頃に作者に手紙を書いたか、作者から手紙を受け取った人で、遠くにいる人……《アザリア》の4人の誰か、就中保阪嘉内の可能性が高いことを考察しました。というのは、5月14日付の「習作」は、保阪との間に意思疎通のあったことを強くうかがわせる内容だからです。

そこで、小岩井農場の《聖なる地》すなわち《下丸7号》畑の奥に自生した4本の「さくらの幽霊」は、
作者にとっては、同人誌《アザリア》の“4人の仲間”(作者をいれて4名)を象徴する存在であり、

“4本の桜”と関連して登場している上記の「ユリア」「ペムペル」らは、《アザリア》の仲間を指していると考えられるのです。
. 3.5.25:「小岩井農場・パート4」 3.5.36:「小岩井農場・パート4」
.
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