ゆらぐ蜉蝣文字


第3章 小岩井農場
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【31】 〔堅い瓔珞はまっすぐに下に垂れます〕





3.9.1


. 〔堅い瓔珞はまっすぐに下に垂れます〕
「〔堅い瓔珞はまっすぐに下に垂れます〕」は、『小岩井農場』と同じ1922年5月21日の作品日付が付けられています。

10行詰め原稿用紙2枚分が残っていますが、冒頭行は作品の中途と思われます。

この作品については、すでに《いんとろ》でも取りあげましたが:いんとろ【5】0.5.3

今回は、他のことを言うための例としてではなく、じっくりこれ自体を読んでみたいと思います。

「瓔珞」の説明も繰り返しになりますが:
仏像の付けている首飾りや胸飾りなどの装身具。もともとは、インドの貴族の習慣で、貴金属や宝石に紐を通して繋いだ飾りを、身につけていたものです:画像ファイル:羅・瓔珞

また、仏教寺院では、沢山の「瓔珞」を、上から吊るして、飾り付け(荘厳具)にもします。
仏像や仏壇の上を覆う天蓋や、寺院の破風から外廊下に吊しているのを、よく見かけます。今度お寺へ行ったら、よく注意してみてください。

〔冒頭原稿なし〕
 堅い瓔珞はまっすぐに下に垂れます。
 実にひらめきかゞやいてその生物は堕ちて来ます。

 まことにこれらの天人たちの
 水素よりもっと透明な
 悲しみの叫びをいつかどこかで
 あなたは聞きはしませんでしたか。
 まっすぐに天を刺す氷の鎗の
 その叫びをあなたはきっと聞いたでせう。」

. 〔堅い瓔珞はまっすぐに下に垂れます〕←こちらの詩ファイルの上部の写真を見るとわかると思うのですが、
荘厳具の瓔珞は、装身具の瓔珞を、ちょうど逆さまにして垂らしたものです。

そこで、瓔珞を身にまとった仏さまを逆さ吊りにした様子を想像してみると、ちょうど、天蓋から垂れる荘厳具の形になります。

「堅い瓔珞はまっすぐに下に垂れます。」

とは、そのようにして、身に着けた瓔珞を「まっすぐに下に垂」らしながら、天人が墜落して来るのだと思います。

「実にひらめきかゞやいてその生物は堕ちて来ます。」

「生物」は、“いきもの”と読むのだと思います。

賢治作品では、「生物(いきもの)」とは、人間、動植物だけでなく、天上や地下界にいるさまざまな天人、神々、阿修羅、鬼、さらに、菩薩や仏(如来)をも含んだ言葉のようです。

第6章の「青森挽歌」で、天上の世界を描写して:

「また瓔珞やあやしいうすものをつけ
 移らずしかもしづかにゆききする
 巨きなすあしの生物たち」

が居ると言っていますし、
また、同じく「青森挽歌」に:

「そらや愛やりんごや風、すべての努力のたのしい根源
 万象同帰のそのいみじい生物の名を
 ちからいつぱいちからいつぱい叫んだとき」

とあって、この「生物(いきもの)」は、

〔A〕法華経だという説。

〔B〕宇宙全体だという説。

〔C〕釈迦、または日蓮だという説。

があります。〔A〕が通説ですが、大乗仏教では、《法華経》という経典も、生きた生物だと考えるそうです。





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