ゆらぐ蜉蝣文字


第3章 小岩井農場
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3.7.21


その前の年の・《外山》☆への夜間山行(単独行)から拾いますと:

「またねむったな、風…骨、青さ、
 どれぐらゐいまねむったらう
   〔…〕
 青い星が一つきれいにすきとほってゐる
 おれはまさしくどろの木の葉のやうにふるえる
 風がもうほんたうにつめたく吹くのだ」
(「水源手記」【下書稿(1)】,#171,1924.4.19.)

☆(注) 現在の盛岡市玉山区外山。当時、御料牧場から移管した県の種畜場があり、4月20日に繁殖用牝馬の検査のために集まる馬たちを見に行った山行でした。賢治も嘉内も、馬が好きだったようです。

. 春と修羅・初版本

130自由射手(フライシユツツ)は銀のそら
131ぼとしぎどもは鳴らす鳴らす
132すつかりぬれた 寒い がたがたする

130行目で、黒い外套のハンターを「自由射手(フライシユツツ)」と呼んでいますが、これは何でしょうか?‥

説明するためには、少し下準備が必要です。
まず、「パート7」の最初に戻って、作者の構想を、もう一度見ておきたいと思います:

. 春と修羅・初版本

「とびいろのはたけがゆるやかに傾斜して
 すきとほる雨のつぶに洗はれてゐる」

  


「パート7」の・この最初の行は、たいへん清々しく、またフレンドリーな快い印象を受けるのですが、その理由は、「すきとほる雨のつぶ」以上に、透明な水で洗い流されている「とびいろのはたけ」のスロープにあると、ギトンは思います。

「それよりもこんなせわしい心象の明滅をつらね
 すみやかなすみやかな萬法流轉のなかに
 小岩井のきれいな野はらや牧塲の標本が
 いかにも確かに繼起するといふことが
 どんなに新鮮な奇蹟だらう」
(パート1)

「はたけは茶いろに堀りおこされ
 廐肥も四角につみあげてある
   〔…〕
 春のヴアンダイクブラウン
 きれいにはたけは耕耘された」
(パート4)

往路には、このように土の香りも豊かに謳い上げられた農場の・ゆるやかに次々にうねっては交替する耕圃のスロープが、降りだした細かい雨の中で、新たに鮮やかな姿を見せています。

「パート3」の【下書稿】で:

「どうだらうこゝこそ天上ではなからうか
 こゝが天上でない証拠はない
 天上の証拠は沢山あるのだ」

と言っているように、往路での作者の構想は、「小岩井の〔…〕新鮮な奇蹟」の中で、天上にも駆け上がってゆく讃歌を基調としていたように思われます。

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