ゆらぐ蜉蝣文字


第3章 小岩井農場
130ページ/184ページ


3.7.14


しかし、それでもなお、老農夫は不安そうで、

. 春と修羅・初版本

61この人はわたくしとはなすのを
62なにか大へんはばかつ[て]ゐる

やはり、‘よそ者’との会話を人に聞かれるのが、心配なのかもしれません。

63それはふたつのくるまのよこ
64はたけのおはりの天未線(スカイライン)
65ぐらぐらの空のこつち側を
66すこし猫背でせいの高い
67くろい外套の男が
68雨雲に銃を構へて立つてゐる
69あの男がどこか氣がへんで
70急に鐵砲をこつちへ向けるのか
71あるひは Miss Robin たちのことか
72それとも兩方いつし[よ]なのか
73どつちも心配しないでくれ
74わたしはどつちもこわくない

  


岡澤氏によると、この「銃を構へて立つてゐる」男は、農場の雇ったハンター(猟師)で、播種作業に立ち会って、空砲を射ち、鳥が種子を啄ばんでしまわないように追い払う仕事をしていました。
この役目は「威銃」と呼ばれていたそうです(『賢治歩行詩考』p.119)

ですから、ライフルを構えた男がいるからといって、農夫がそれを恐れる理由はないのです。
しかし、賢治は、「威銃」を知っていたでしょうか?

74わたしはどつちもこわくない

と言っていますから、知っているのかもしれません。

しかし、賢治は知らなくて、なぜ銃の男がいるのか分からなくて──あるいは、農場が農夫たちの作業を監視するために雇っているとでも思い込んで──不気味に感じているのかもしれません。

71あるひは Miss Robin たちのことか

は、「黒い外套」のハンター☆が、鉄砲を賢治と老農夫に向けて来ると思っているのか?‥それとも、「Miss Robin」──女の子たちに向けると思っているのか?‥という意味だと思います。

いずれにしろ、心配ないのだと言っているのです。

☆(注) 「パート3」で検討しましたが、天沢退二郎氏、恩田逸夫氏ほか、これまでの解釈の主流は、このハンターも、《本部》の手前で会った黒いオーバーの医者や、1月に作者が会った黒いインバネス・コートの人といっしょくたにして、“作者の分身”だとします。しかし、農場に往診に来た医師や、農場に招待された“お大尽”の紳士と、作業に雇われたハンターとでは、まったく性質の違う登場人物であることは、明らかでしょう。

75やつてるやつてるそらで鳥が
76(あの鳥何て云ふす 此處らで)
77(ぶどしぎ)
78(ぶどしぎて云ふのか
79(あん 曇るづどよぐ出はら)

「ぶどしぎ」(または、「ぼとしぎ」)は、オオジシギの方言名です:画像ファイル:オオジシギ

オオジシギは、シギ科の渡り鳥で、長い嘴が特徴。夏季に日本で繁殖し、冬はオーストラリアへ渡ります。

オオジシギは、「ジェッジェッ」という啼き声も騒々しいですが、
それ以上に、
高空から、飛行機の爆音のような物凄い音を立てて急降下する習性があります。これは、オスの求愛行動なのだそうです。尾羽を広げて風を切る音が‘爆音’になるらしいです:. オオジシギの降下

.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ