ゆらぐ蜉蝣文字


第3章 小岩井農場
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【29】 小岩井農場・パート7





3.7.1


. 春と修羅・初版本「パート7」

01とびいろのはたけがゆるやかに傾斜して
02すきとほる雨のつぶに洗はれてゐる
03そのふもとに白い笠の農夫が立ち
04つくづくとそらのくもを見あげ
05こんどはゆつくりあるきだす
06 (まるで行きつかれたたび人だ)

さて、ここはどこでしょう?w「白い笠の農夫」は、さきほど《往路》の下書き【清書稿】で、“長者館2号畑”を登って行った「白い笠」の人でしょうか?

【清書稿】を見てみましょう:

. 「小岩井農場」【清書稿】

「このみちはさっきの堰のところだ。
 全体汽車は何時だらう。
 さっきの畑だ。一人の農夫が立ってゐる。
 こんどはしづかに歩き出す。
 それは広重の行きつかれた旅人だ。」

松林の中でUターンして、堰のところまで戻って来たわけです:小岩井農場略図(2) 写真 (ヲ)

【清書稿】の「パート7」相当箇所には、単に「農夫」と書いてあって、「白い笠」とは書いてありません。
どうやら、往路で見かけた人とは別の人のようです。“長者館2号”は広い畑ですから、作業員もおおぜいいるはずです。

「広重」は浮世絵師の歌川広重(安藤広重)。「行き疲れた旅人」は、具体的にどの絵を指しているのか不明ですが、例えばこんなのでしょうか⇒:画像ファイル:広重「掛川」

. 春と修羅・初版本「パート7」

07汽車の時間をたづねてみやう
08こヽはぐちやぐちやした青い湿地で
09もうせんごけも生えてゐる
10(そのうすあかい毛もちヾれてゐるし
11 どこかのがまの生えた沼地を
12 ネー将軍麾下の騎兵の馬が
13 泥に一尺ぐらゐ踏みこんで
14 すぱすぱ渉つて進軍もした)
15雲は白いし農夫はわたしをまつてゐる
16またあるきだす(縮れてぎらぎらの雲)

作者は、堰の所からさっき来たほうへは戻らずに、耕地のへりを歩いて「農夫」に近づいて行きます。なぜなら、遠くにいるその農夫が、賢治が近づいて来るのを待っているふうだからです:小岩井農場略図(2)「狼ノ森付近拡大図」(紫色の矢印)

モウセンゴケは食虫植物。ミズゴケ類が生えるような湿地に生育します。粘液を分泌する「うすあかい毛」に被われた葉で、昆虫を捕らえます:画像ファイル:モウセンゴケ
「堰」から、農夫のいるほうへ続いている窪地は、「ぐちやぐちやした青い湿地」になっていて、モウセンゴケも見られます☆。

☆(注) 賢治の時代には、小岩井農場のような麓の里でも、モウセンゴケの群生が見られたことがわかります。残念ながら、現在では山の稜線まで行かないと見られません。岡澤敏男氏は、三ツ石山荘の池溏の湿地で見たと書いておられます。この池溏は、ギトンも、まだ何も知らない高校生の時に、日が落ちてから迷い込んだことがあって、夢を見ているのではないかと思いました。そのほか、南八幡平縦走路の八瀬森にもたくさん自生しています。
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